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高森明勅
2015.3.19 13:43

「死者との約束の場所」靖国神社

かつて、政府が靖国神社に代わる「無宗教」の国立追悼施設建設の
可能性を探ろうとしたことがある。

その時、戦後も長年にわたりルバング島で孤独な戦いを続けられた
故・
小野田寛郎氏が、激しく批判されていたのが記憶に新しい。

靖国神社は、戦争で亡くなられた方々を丁重に祀る
死者との約束の場所」。

その死者との神聖かつ厳粛な約束を、
生者の勝手な政治的思惑でないがしろにするのは断じて許せない、と。

それは勿論、小野田氏だけでなく、心ある国民共通の思いだろう。

だが、無宗教の追悼施設のプランは、
まだ完全に白紙に戻った訳ではない。

政界やメディアには、これをいわゆる「靖国」問題解決の
“切り札”
にしようと企てる動きが根強くある。

警戒を怠ってはならない。

しかしそれ以前に、戦後70年にあたり、
そもそも「
死者との約束」はどうなっているのか。

ただ、靖国神社の神職の方々が日々、
敬虔にご奉仕すれば良いという話ではない。

英霊の祭祀を国家としていかに位置付けるのか。

その課題が放置されたままだ。

ところで、靖国神社に於ける死者との約束は“いつ”結ばれたのか、
というごく初歩的な疑問を抱いた外国の人がいたらしい。

そのことを私に尋ねた方がいる。

この「約束」は、ことさら契約書を作り、署名・捺印をして…
という約束では無論ない。

それでも兵士は皆、戦死すれば靖国神社に祀られると
確信して死地に赴いた。

それは大東亜戦争はもとより、日露戦争当時もそうだったし、
近代日本にとって最初の対外戦争だった
日清戦争後の合祀の臨時大
祭にも、既に明治天皇のお出ましを
仰いでいる。

更に遡れば明治元年に、国家の命運に一命を捧げた人たち
王事に身を殲〈ほろぼ〉し候〈そうろう〉輩〈ともがら〉)
祀る社を創建すべし、
との明治天皇の思し召しが太政官布告として
示されている。

よって、翌年に靖国神社の前身、
東京招魂社が創始された事実
そのものが、
その約束の成立を意味したと考えてよいだろう。

或いは、尊厳な死者との約束こそが靖国神社創建の根拠だったとも
言い得る
。いずれにせよ、現代の日本人はその「約束」をもう一度、
思い出すべきだ。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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