ゴー宣ネット道場

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切通理作
2015.7.9 02:10

「沖縄」化する日本

 

集団的自衛権行使を認める安全保障関連法が違憲かどうかの論議で、引き合いに出されている「砂川判決」という言葉。駐留米軍が憲法92項に違反するか否かが最大の争点となり、55年、米軍立川基地の滑走路延長に対して、地元住民の反対に全国の有志が同調した所謂「砂川闘争」の際の判決です。

この時、日本に米軍基地を置くことは憲法違反ではなく、最高裁判所が「判断しない」という結論を、アメリカからの圧力で出しました。日本がアメリカの属国になった瞬間です。

 

当時私はまだ生まれておらず、その名前を最初に知ったのは、拙著『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で脚本家や監督たちに取材した時、若い頃、「砂川闘争」に参加していたと、聞いた時でした。

 

他にも、映画人などに訊くと、自分はデモになど出かけた事はないけれど、あの時だけは参加したという声をよく聞きます。

 
安保闘争ならばよく聞くけれど「砂川闘争ってなんだ?」と最初私は思ったものですが、当時の
多くの若者たちは、日米同盟のために何が捻じ曲げられているのか、敏感に感じ取っていたのかもしれません。

 

『ウルトラマン』で、人間が怪獣化したジャミラがのたうち回りながらウルトラマンに殺されるさまを描いた佐々木守さんもその一人。砂川闘争で土砂降りの中、機動隊に補縛され、警棒で突かれる屈辱的な扱いを受けた佐々木さんは、その時の経験をもとに、『怪奇大作戦』では、機動隊に袋叩きに遭う殺人犯のシーンを書きました。

 

その殺人犯は被曝し白血病となった妹の命を救うために人体実験を繰り返した末に連続殺人を犯していた、いわば戦争の犠牲者でした。

 

砂川の基地拡張計画はジェット化のためだけではなく、核攻撃機・核兵器輸送機の発着を可能にすることまで意図したものだ・・・という事とも重なってきます。

 

宮台真司さんもよく言っていますが、初期ウルトラシリーズや円谷プロ作品の物語には、戦後社会が忘れようとしていたものが塗りこめられていました。

 

ウルトラマンシリーズの中核となる脚本家の一人である沖縄出身の上原正三さんも、政治的にはノンポリでしたが、大学時代、砂川闘争には参加し、その時が、東京に来てから「唯一沖縄を感じる瞬間でした」と僕に語ってくれました。

 

上原さんが東京に住み始めた大学時代、既に東京の人々は戦後を忘れ、整然とした都市の中で消費生活に明け暮れていたように見えたと言います。

 

「東京に来ても、それはドームの中の現実にしか見えなかった」と言う上原さんはまだ脚本家デビューする前の大学時代、沖縄の現実を凝視した習作シナリオを書くことで、精神のバランスを保っていました。

 

私は、この春刊行された『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』増補新装版の加筆原稿の為に、それら習作時代の脚本をお借りして読みました。

 

その中の一本『白い基地郷』は1960年6月20日、アイゼンハワー大統領の訪沖を阻止しようとするデモに参加する若者たちの姿から始まります。当時アメリカ領である沖縄では、赤旗とプラカードに交じって日の丸を持ってデモをするという、当時の日本本土ではあまり見られない光景がありました。

 

しかしその日の丸は、銃を持ったアメリカ兵によって無残に踏みにじられ、焼かれてしまいます。

 

このデモに参加する若者たちをはじめ、沖縄の若者の教育に腐心する教師たちや、生きる為に身体を売らなければならない夜の女たち、不正な金で商売する男たち等の群像劇が描かれ、また子どもたちが米兵の靴磨きをしたり、まだあどけない娘なのに米兵のオンリーなろうとしたり、金貸しの婆さんを路上強盗したりする姿も描かれます。

 

上原さんの習作時期のシナリオは登場人物が多く、たとえば接収地を売り渡さない農民も、靴磨きをしている混血児の少年も、シーンとしては三つぐらいしか出てこなくても、それぞれ、沖縄の現状を背負って出てくる、意味のある存在です。

 

「夜の女たち」の中でも、混血児を産んで差別されている女性が黒人兵を相手にする女性を蔑視し、自分は白人専門だというプライドを持っている……など、人々の内奥にある差別的な感情にまで、踏み込んで描く視点があります。

 

あるいは、自分の土地を売ってまで、昔の教え子の大学進学を後押ししてやろうとする小学校教師が、近所から「余裕がある家」と陰口を叩かれるなど、民衆の美化されない現実が描かれています。

 

真面目で実直な青年は経済的な自信のなさから好きな女性に求婚も出来ない一方で、非合法の仕事に手を染めてもしたたかに生きていこうとする人間も居る。

 

上原さんの脚本は、SF特撮番組やヒーロー番組を手掛けてからも、主人公のみならず地球防衛チームの隊員やその上官、市井の人々を、局面での対立はあれど誰が悪で誰が善という決めつけなしに描くことに特徴がありました。それはこの学生時代の習作で培われたものでもあることが、実際に読んでみるとよくわかります。

 

訪沖阻止運動をする若者たちも、一様ではありません。あくまで前向きに、「日本復帰」デモに参加するメンバーもいれば、軍労務者であるがゆえに、立場上デモに行けず煩悶し、酔っぱらうために酒を飲む者もいるのです。

「オール沖縄」が本当に存在するのか、という問いは、半世紀前のこの習作シナリオに、既に描かれている沖縄の現状でした。

 

教員をやっているメンバーは、デモに参加しながらも、自分の中にある「この基地は絶対に返還されないという大前提」に「ホッとした気持ち」を正直に吐露します。

 

また通訳をしている若者は、戦争に負けた貧乏な沖縄でデモに行く者たちを冷笑し「復帰復帰と気を紛らわしているに過ぎない」「腹一杯食わして貰った後で、反米運動じゃ虫が良過ぎる」と言います。

 

そんな風な批判の視点を持っている彼も、それではただアメリカに従って足れりとしているのは、物事を考えないふりをすることでしかなく、では自分がそんなに自主的に生きているのかと考えれば、苦笑いするしかない現実。

 

その現実は、沖縄ばかりではなく、本来は日本そのものが置かれている立場であるはずです。

 

米軍が恒常的に存在する、被占領とその延長状態からの脱却は、いまだに出来ていない日本。加えて昨今は、かつてない格差社会になってきています。これもグローバリズム下による弱肉強食の原理を導き入れ、中流層を突き崩したがゆえ。

 

真面目に勤めても最低限の家庭生活が維持できない状況になり、普通の女性が売春をすることも以前よりリアリティが増してきた。かつての沖縄の状況が、いまの日本の現状と重なってきたようにも感じます。

 

沖縄に基地を押し付け、アメリカに占領されているという当事者意識が希薄なまま済ましてきた多くの戦後日本人。

 

国内世論が左右で対立しても、所詮は属国民として、「宗主国」アメリカの価値観に合致し、利益に叶う範囲の行動しか許されない。そして、「占領」者たるアメリカの都合で日本が没主体的に戦争に駆り出される可能性も、より濃くなってきています。

 

「属国」状態での集団的自衛権の行使はどんな結果を生むのか? 

 

上原さんは「沖縄の混沌が、だんだん日本中に波及して拡散していってる」と言います。

「日本の政治家がオロオロして、口だけで『平和』『テロの否定』を唱えても、それは『基地反対』『沖縄を返せ!』って言ってる力のなさと根は一緒ですよ。だからこれからですよ皆さん。日本本土で暮らしてる、所謂ドームで生きていた人達が、そういう流砂みたいなものに巻き込まれて『どうするんだ』って状態になっていくのはね」

 

拙著『怪獣使いと少年ウルトラマンの作家たち』は僕のデビュー単行本であり、22年の時が経っていますが、今度の増補版刊行後のさら22年後の日本がどうなっているのか、予断を許さない状況になってきています。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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