ゴー宣ネット道場

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切通理作
2015.7.28 01:50

生活ノートと「いじめ責任論」について

さて連投です。


高森さんが、岩手で、いじめられて自殺した中2少年の生活ノートを親が読んでいたのではないかと書いており、
だとすれば、やはり親の責任が大きいのではないかと示唆しています。

実はこの事は、先日ゴー宣道場の打合せの席で、しばし論議になったのです。

小林さんは「それはない。あの子は父親に知られたくないから、生活ノートを隠していた。
いじめられた子どもは、親には隠す。親は子どもの身体に外傷がない限り、
気づくことが出来ない。だから教師の役割が重要なのだ」とおっしゃっていました。

このやりとりは、もともと高森さんが道場ブログにて、いじめ自殺が起こると
なんでも学校のせいになるが、親の責任こそ看過できないのではないかと
書いた事から始まっています。

高森さんは、学校の先生は、ノートで可視化できる形で返答するのではなく、
こういう場合、ノートには当たり障りのない事を
書いておいた上で、水面下で事実を調べるなどことにあたるはずだと
言うのです。

しかしこの教師が、そういった手を本当に打っていたのかどうか、
疑問です。

僕が先日高森さんと議論になったのは、教師がいじめについて踏み込んで
指導できないのは、親のクレームが怖いからであるという高森さんの
「親責任論」に対して、僕は、たとえそうだとしても、それで萎縮してしまう
教師の責任は大きいと反論したものです。

親は学校での生活にどのみち直接関与できないのですから、教師には現場責任が求められるはずです。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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