ゴー宣ネット道場

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切通理作
2016.4.14 22:30

愛国心は教えられるか

小林さんから指摘のあった

ゴー宣道場第一回における

「愛国心を教えるべきかどうか」の話ですが、

誤解を与える概括になったことをお詫びします。

 

前回のブログでは堀辺さんと小林さんによる発言の
概要を抽出しましたが、

今回、他の師範の発言も含め

より正確にまとめれば、

 

国家がなんたるかを教えれば愛国心は教える必要はない
とする堀辺氏に対し、

当時師範だった宮城能彦さんが、
国家があることによっての利便性や損得勘定に寄った

発言をして、それに対して、いや、それだけではないだろう、

と小林さんが疑問を呈するという流れでした。

 

小林さんは、たしかに愛国心を頭ごなしに教えるのは難しいが、

たとえ損得勘定や利便性の点で劣る国でも、

その国の国民は国を誇る気持ちは持っているはずじゃないかと

言います。

 

それを受けた宮城さんが、利便性や損得勘定の話は
あくまで国家に興味を持つ「入り口」だと補足修正し、
また笹さんが、アメリカにだって国旗に対する敬意が国民にあると発言。

続けて小林さんが、いまの日本(刊行当時)が国旗や国歌を教育現場から排除することで愛国心をなくすような

かたちになっているとしたら、その逆に、「ある種強制的に、

意識的に日の丸を掲げ」ることによって「敬意」を

「習慣」として育てていかねばならないと発言。

 

口でいくら愛国心を説得させようとしても駄目で、

ある種強制的に「習慣」づけて敬意を育てていかなければならない。

 
この発言があったのは2010年。
小林さんの「強制」やむなしという発言は、
当時の教育現場の状況へのカウンター的なものであった
ことが改めて確認できます。

その後、教育現場では国歌を歌う事を強制していく

流れが強まっていきました。

 

しかし上からの形ばかりの「強制」という要素ばかりが印象づけられ、

「習慣」として国民の側から自然な形で敬意が育っていくかたちになっているようにはとても思えない・・・

ということで、その後の小林さんは、強制に対して懐疑的な

視線が強まっていったと記憶しています。


けれど「習慣」を大事にするという根本は揺らいでいません。
 
さて、この第一回に話を戻せば、

先述した議論の流れの後、

堀辺さんが興味深いお話をされています。

 

骨法道場では、黒帯にならないと

道着に国旗をつけることを許していない・・・と。

 

「日本人の培ってきた文化的遺産、

精神性、そういったものを体得していない人には、

国旗を自分の身につける必要はないというのが

私の考えだからです」

 

ここでは逆に、日本人であることに目覚めなければ

国旗を身につけてはいけないという考えが語られているのが、

後の展開を考えると示唆的です。

 

さて、ここまで拙い概要を記してきましたが、

第一回目から五回目の道場に関しては、

ワック出版から出た『ゴー宣道場』という本に採録されて

おりますので、より正確をきしたい方は

ぜひ読んでください。

 

ゴー宣道場では、

今後道場をまとめた過去二冊の本を、

これから開催する道場の会場でも

販売する予定です。

 

最近道場に参加された方も、

この機にぜひ。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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