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高森明勅
2016.6.15 11:56

原爆投下の基礎知識

先頃のオバマ米大統領の広島訪問を巡る大騒ぎには呆れた。

そこで念の為に、今更ながら原爆投下に関する基礎知識を、
ごく簡単に整理しておく。

(1)日本は日米開戦を望んでいなかった。
むしろ懸命に避けようとしていた。
アメリカの議会も国民も同じく望んでいなかった。
だがルーズベルト大統領とその周辺は強く望んでいた。
その為、
日本を戦争へと追い込んだ。

(2)原爆投下はしばしば日本の真珠湾奇襲への報復と説明される。
だが奇襲“以前”から、アメリカは原爆製造に着手していた。
ルーズベルト大統領が、原爆開発予算を計上して議会を通過させた
のは、
真珠湾攻撃の前日(当初6千万ドル、後に20億ドルに膨らん
だ)

(3)日本が戦争終結に舵を切ったのは、原爆投下より遥か前の
昭和20年6月。
同年6月9日の木戸内大臣の言上や梅津参謀総長の上奏などを受け
同22日の御前会議の席上、
昭和天皇から終戦へのご意志が示された。

戦争の終結に就いても此際(このさい)従来の観念に囚わるること
なく、速(すみやか)
に具体的研究を遂げ、之(これ)が実現に努力
せんことを望む」(
木戸幸一日記)と。

(4)アメリカ国内にも(米兵の犠牲を出来るだけ少なくすべく)
戦争終結を早める為に、日本への警告の中で「
現在の皇統の下での立憲
君主制」(日本側が言う“国体”)
の維持を約束せよ、との意見があった
スティムソン陸軍長官など)。

しかし受け入れられず、日本が応じにくい高いハードルのまま、
ポツダム宣言が出された。

(5)ルーズベルトの急逝で大統領になったトルーマンは元々、
政治的基盤が弱く、莫大な予算を使って完成させた原爆を使わなかった
ら、
議会をはじめ国内から激しい非難を浴びるのが明白だった。

(6)広島・長崎への原爆投下は軍事行動と言うより、むしろ原爆開発
を続けて行く為に必要な実験としての側面の方が強
かった。

以上、あの原爆投下は一片の弁解の余地もない、まさに悪魔の所業
そのものだった。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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