ゴー宣ネット道場

BLOGブログ
トッキー
2016.6.22 02:13ゴー宣道場

中間層崩壊という実感

門弟メーリングリストから、
格差拡大の生活実感についての
投稿をご紹介します!


今日の午後、高校時代からの友達が、
娘へのお下がり服を持って、
ふらりと立ち寄ってくれました。
友達が結婚したのは20代後半で、
結婚しても仕事はつづけていましたが、
出産を機に退職しました。
子供はひとり、高校3年生です。
小さい頃に遊んだきりになっている
彼女の娘が、もう高3か~、年取るわけだわ~、
なんてのんきな話ばかりはしていられませんでした。

彼女に聞いたところによると、やはり今は
「正社員を望むなら大卒資格は必須」となるようです。
しかも、大卒であればどこでもいいのではなく、
受験のために塾に行くともなれば、
いわゆるGMARCH(学習院、明治、青山、
立教、中央、法政)以上を射程圏としなければ
意味がない、くらいの空気があるそうです。
また、学校の進路指導のなかに、
当たり前に奨学金の説明があるそうで、
びっくりしたのは「奨学金は、奨学金という名の
借金だ」と、はっきり言われるという事です。
成績によって、利子のつかない奨学金を
申し込めるそうですが、それでも借金は借金、
貰えるものではなく、社会人になってから
返さなければいけない。
たとえ、自分は親に学費を出してもらえても、
将来、結婚するとなった時、相手が
奨学金の返済を抱えている可能性は高い、
という事まで「知っておくべき」なのだそうです。

思えば、私たちが高3の頃は、高卒でも
正規雇用での就職は当たり前でしたし
(特に私たちの通っていたのは商業校だったので、
就職組の友達は全て正社員で内定をもらって
卒業しました)、大学進学はムリだけど、
まだ就職もためらいがある、程度の理由で
専門学校へ行くのにも、就職の不安は
ほとんどなかったと思います。
これは、私たちの親世代が、高度経済成長の
中で育ち、またバブル経済の恩恵を受けても
いたので、子供の教育費の捻出が容易かった、
という、恵まれた時代だったから
こそなのだと思います。
それが、いざ社会に出てみると、バブルははじけ、
終身雇用の恩恵は消え、結婚はしても、
毎年必ず昇給するとは限らなくなった、
かといって子供にかかる
費用が減るわけではない……。

こう考えていくと、何が何でも、この負のスパイラル
のような経済状況を、私たちの世代で何とか
しなければ、という焦りのような気持ちがわきます。
こんな状況で、どうして我が子に「孫の顔が見たい」
なんて言えるか、と思ってしまうのです。

友達が「今の子はかわいそうだよ…」
とつぶやいたのが胸に刺さりました。
今、勝ち組とか言われる収入の世帯だって、
バブルの頃には当たり前にいたはずです。
だからと言って、生活保護を受けていた世帯が
無かったわけではない。
どんな好景気の時だって、格差はありました。
その格差が、今は広がりすぎている。
まさに、中間層の崩壊です。

下層が拡大してしまったからこそ、
国庫を逼迫する生活保護の規定が
厳しくされてしまったのでしょうし、
弱者救済に対する不寛容さにもつながる気がします。
舛添要一に対する集団リンチのような心理にも、
大衆に実感しやすい金額だった事が
無関係ではないのと重なってきます。
カップラーメンや見切り品でも食べられるだけマシ、
借金だろうと教育を受けられるだけマシ、
世界には住むところもなければ
着るものさえない子供がいるのだから、という
理屈で、自分の子供を育てていくのは辛すぎます。

もう、格差については私などが述べられるような
意見は無いと思っていましたが、
今日、庶民として実感する事、この実感を
どうやって公益へつなげる思考、行動に
したらよいかを改めて問う
出来事だったので書いてみました。
(かみるきさん)



バブル時代なんかと比較して
今が貧困と言ってる者は誰もいません。
泉美さんもバブルの世代ではないし、
よしりん先生もバブルは大嫌いです。

問題は、かつては「一億総中流」
と当たり前に言われていた時代があったのに、
今は中流が崩壊してしまったということです。

アフリカの飢餓地帯に比べれば、
日本は全然貧困じゃない?

アメリカ標準のグローバリズムを
批判していたら、いつの間にか
アフリカ標準のグローバリズムなんか
主張する者まで出て来るとは、
全く冗談じゃありません。

日本の標準を語るのが公論です。

トッキー

次回の開催予定

第94回

第94回 令和2年 12/6 SUN
14:00

テーマ: 「コロナ後のリベラル」

INFORMATIONお知らせ