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高森明勅
2016.6.23 09:44

靖国神社と「戊辰戦争」(2)

引き続き戊辰戦争を巡る先学の発言を。

些か長文に亘るがご容赦願いたい。

「明治維新史には、純潔の精神史があるとともに、
悲劇的な権力闘争史がある。…
とくに大政奉還から、戊辰戦役にいたる
間の権力闘争は、
すさまじいものがある。
…もしも当時の日本人に、
根深い天皇意識がなかつたならば、
この権力闘争はあのやうな形では決して終らなかつたであらう。
おそらく天下を二分する大戦乱へと発展し、かりに薩長系の新政権が
成立しても、関東、北陸、
東北人士の新政府に対する不信と反感とは、
民族を精神的に分裂せしめたであらう。

しかし日本には、偉大なる天皇意識があつたればこそ、
この危機は克服せられた。

関東、北陸、東北の諸藩は、
薩長に対する激しい憤激に燃えてゐた。

それにはそれで十分の理由もあつた。

新政府の創立にさいして、薩長は自らの領主的権力には一指もふれず、
そのまま確保して、
大政を奉還せる徳川家のみに対して、領主的権力の
全面的剥奪を命じた。

ここに鳥羽伏見の戦端が開かれた。

しかし京都は、すでに薩長の占拠するところであつた。

関東勢は、薩長を憎みつつも、天皇に対しては終始恭順の意を表した。

それは戦線が東北北陸に発展
して行つても同じであつた。

いづこにおいても薩長人に対する反感はあつた。

官軍が、各地の占領地において目にあまる専横を敢(あえ)てし
その反感を刺激したことも事実であつた。

しかしいづれの藩でも天皇に対する忠誠を表明しないものはなかつ
た。

これでは散発的な戦闘がおこつても、初めから士気があがらず、
徳川勢の敗北に終わることは当然だつた。

かれらは、深い怨みをのんで権力闘争の敗北者となつた。

かれらの薩長に対する不信と反感とは激しかつた。

しかも、かれらは新権力の座から蔑視されても、日本民族を精神的に
二分することなく、
天皇的統一国家体制下において、近代日本の建設に
協力を惜しまなかつた。

かれらは、日本においては天皇が、権力闘争を超越した存在である
ことを信じて疑わなかつた。

かれらは天皇に対する忠誠を守つた。

かくして日本は、アジアにおける唯一の近代国家建設に成功すること
ができた。

明治維新史において、西南雄藩の演じた積極的役割は大きい、
しかし東北諸藩の消極的ではあるが沈痛な天皇意識についてもまた
深く省察すべきものがあらう」
(葦津珍彦「明治維新と国体意識」
『新勢力』臨時増刊
「明治維新研究」第1集、
昭和35年6月刊)

元々、
戊辰戦争の官軍戦死者を祀る場から
出発した靖国神社の宮司に、
東北南部藩の藩主の血を引く南部利昭氏
や、
徳川慶喜の血を引く徳川康久氏が就任される事自体、日本民族を
精神的に二分せしめなかった「東軍」
諸藩の忠誠の事実なくしては、
決してあり得なかったはずだ。

続く)

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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