ゴー宣ネット道場

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笹幸恵
2017.1.4 03:43

すずさんリスペクト

あけましておめでとうございます。

気持ち的には怒涛の正月三日間でした。

誰も褒めちゃーくれませんが、

数の子もうまくできた!!!

 

 立派に主婦の仲間入り(!?)

 

さて、昨日、「この世界の片隅に」を観に行きました。

だいたい前評判が高い映画というのは、

期待値が高いからガッカリするパターンが多いのですが、

この映画は全く違った!!!

期待値以上に、想像もできないほどに、

胸にぐっとくるものがありました。

 

見染められて呉に嫁に来た「すず」。

おっとりだけど、日々を丁寧に生きる。

しかし連日の空襲。

そして実家がある広島の原爆。

どうにもならない不条理。

「つらい」「悲しい」という言葉なんか、ない。

ただひたすらに、懸命に生きる。

これぞ市井の人々の強さだ。

淡々と描くからこそ、ものすごい迫力がある。

 

まばたきも忘れて見入りながら、

私は『戦艦大和の最期』のあるフレーズを思い出していました。

著者の吉田満は、戦後、自分は本当に死に直面したかと自問し、

こう綴っています。

 

「われは死を知らず 死に触れず

死との対決よりわれを救いしもの、

戦闘の異常感なり」

 

「ひるがえって、銃後の死、無数の戦災の死を想うべし

われもし艦橋にて、彼らのごとく、周囲に父母あらば如何

兄弟ありとせば如何

われに脱出の機、選択の余地、自主と責任ありとせば如何

悲惨なる生活の唯中にあらば如何

ただ値なき犠牲にすぎさりとせば如何」・・・

 

兵隊がラクをして、市井の人々が大変だったと

言っているのではありません。

突き詰めて考えたとき、本当の意味で

死に直面したのは誰だったのか、を

吉田満は問うています。

 

戦場では「死」はありふれていて、そのうち心が麻痺してくる。

また、自分の任務があったから、その間は恐怖感を全く感じなかったと

いう戦争経験者もいます。

それは本当の意味で「死と対決」していない。

だけど日常の生活の中にあったら、向き合わざるを得ない。

これでもか、これでもか・・・。

 

大切な人を失った「すず」が、

実家に帰って妹を見舞う。

妹の腕を見たときのやりきれなさと言ったら・・・。

思い出すだけでもう涙が出てきてしまいます。

 

私なら、どこで絶望していただろう。

結構早い段階で、悲観して、投げやりになって

いたのではないだろうか。
それとも人は、言葉にならない悲しみを抱えて、
ずっと生きていけるものなのだろうか。
その強さは、私に果たしてあるのだろうか。

 

真珠湾での安倍首相の演説なんか、この映画を観た後では

二重の意味で最悪だと思う。

原爆で亡くなった人に聞かせられないということに加え、
この映画の圧倒的なリアリティの前では、

その陳腐さ、空疎な言葉遊びが際立ってしまう、ということ。

 

この映画こそ、世界中に発信してもらいたいなあ。

 

「すず」さんの声の「のん」は、最高です!!!

ホントすずが転がるような声。

この映画も、もう一回観たいなあ。

というか、何度でも観たいなあ。

DVDもそのうち発売されるかな?

笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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