ゴー宣ネット道場

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高森明勅
2017.4.15 00:00

朝まで生テレビ30周年パーティーほか

4月13日は結婚記念日。

でもそれどころではなかった。

午後1時から六本木のANAインターコンチネンタルホテルで
朝ま
で生テレビの30周年記念パーティー。

次の予定があるので早めに会場を訪れ、
田原総一朗氏やチーフプロデューサーのY氏に簡単にご挨拶。

すると西部邁先生がお見えに。

レザーのジャケットにハットをかぶり、
手には黒い革手袋という出で立ち。

田原氏いわく、
番組が始まった頃は左の論客はわんさといたんだが、
右がいなかった。
だから西部さんには大変お世話になった」と。

顔を知っている女が“一匹”も来ていない」
と不満げな西部先生と少し懇談をして、開会前に会場を出た。

すると、若手の政治学者、岩田温兄とばったり出くわした。

久しぶりだ。

でも時間がないので握手だけして別れた。

次に永田町に移動。

衆議院第2議院会館の多目的会議室で開催の緊急集会へ。

新しい歴史教科書をつくる会が主催。

テーマは「学習指導要領改悪阻止と教科書改善に残された課題」。

司会は元産経新聞論説委員長でつくる会副会長の皿木喜久氏。

その司会ぶりは実に見事だ。

場所が場所だけに国会議員も結構、参加してくれた。

この度、学習指導要領の改定によって、
教科書から「大和朝廷」「聖徳太子」「元寇」「鎖国」
などの言葉が、全て追放または脇に追いやられようとしていた
まだ確定は出来ないが、同改定について義家文科副大臣繋がりか、
保守系知識人Y氏〔!〕の事前承諾を得ていたらしい)。

それを、つくる会の呼び掛けで阻止出来た。

全面勝利に近い(Y氏の全面敗北?)。

大きな成果だ。

なお誤解の無いように付言すると、
かつて西尾幹二氏のベストセラー『国民の歴史』で、
鎖国は無かった」という当時、有力だった学説が紹介されていた。

しかし近年、新しい視点から再び鎖国と見るべきだとの、
説得力のある見解が示されている。

私はこの間、ご譲位の問題に力を注いで来たので、
学習指導要領について実践面では、ほとんどお役に立てていない。

しかし、聖徳太子虚構説への批判論文を以前、
何本か書いていたこと等から、大和朝廷や元寇、
鎖国も含め、
理論武装の点で協力を求められていた。

その関係でこの集会でも発言することになった。

お蔭で、予め調べ直している時に
「漢風諡号(かんぷうしごう)」
の起源は、
まさに「聖徳」(王・太子)だった可能性が高い、
と思い至った。

『日本書紀』に収める「神武」から「持統」までの
歴代天皇の漢風諡号も、「聖徳」より“
後”に撰ばれているのだ。

その新しい学説の“卵”のような見解も、
緊急集会には些か場違いながら、披露した。

集会が終わるとA新聞の記者が声をかけて来た。

初対面だ。

教科書問題の取材ではなく、
皇室の担当で、
私を目当てに会場に来ていたらしい。

「最初、保守系から退位反対論が噴出して面食らいましたけど、
先生の提案に近い線で事態が動いていますね」と言う。

まだまだ油断は出来ません。これからです」と答えておいた。

どうも私の考え方にシンパシーを抱いてくれている風だ。

つくる会の事務局長らと夕食。

その後、お茶の水のBS11に移動。

私は録画より生放送の方が好きだ。

森暢平教授がやや緊張気味だったので、
スタジオをリラックスさせる発言をわざと少し混ぜた。

帰りのハイヤーの中でブログを。

返しが迫っている雑誌論文のゲラ刷りを
抱えて移動していたものの
、赤入れする暇は無かった。

朝一番で子供たちに
今日はめでたい結婚記念日。
だからお母さんにメールを忘れるな」
と伝えた。

うっかりシンガポールの娘にもメールを送ってしまい、
高額の請求が来ないかと戦々恐々。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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