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高森明勅
2017.8.8 22:00

最もシンプルで実践的な憲法9条講義

憲法9条1項。

国連憲章における武力行使の一般的な違法化
憲章4条2項)を確認した条文に過ぎない。

よって同項の規定では、
国連憲章が例外的に武力行使を認めている、
(個別的・集団的)
自衛権(同51条)の行使と
集団安全保障(同42条)
への参加は、禁止されない。

憲法9条2項。

交戦権は武力行使の一般的な違法化に伴い、
国際法上、
あらゆる国において否認された。

従って、同項で交戦権が否認されても、
それは上記の国際法の要請と同一の内容でしかない。

つまり他の諸国と同様、国際法に則った武力行使
上記の自衛権の行使と集団的安全保障への参加)
までは否認されていない。

よって同項で注意すべきなのは、
戦力不保持の規定だけ。

これは「軍隊」の不保持として運用されて来た。

自衛隊合憲論の最大の根拠も、
自衛隊が軍隊ではないこと(=戦力未満)に置かれている。

これこそが問題の焦点。

現に自衛隊は、煩雑な手続きを必要とする
防衛出動が発令されない限り、
個別的自衛権すら行使できない。

防衛出動が発令されても、
軍隊として実戦の場で機能する為に欠かせない、
軍刑法(軍法)
も軍法会議(軍事裁判所、軍事法廷)
も存在しない。

そもそも、編成、装備、訓練自体が“盾”のみに偏り、
“矛”
の機能を殆ど持たない。

「自立した軍事力」には全くなり得ていない。

要するに、“一人前の軍隊”ではないのだ。

その意味で、これまでの日本は、
国際法で認められている個別的自衛権すら、
“フルスペック”
で行使できない制約下に、
置かれ続けている。

そうするとどうなるか。

当然、国防の為には他国、具体的には
アメリカの軍事力に決定的な部分で依存せざるを得ない

それは、生殺与奪の権をアメリカに握られる事を意味する。

そんな状態のまま、
わが国が独立主権を持ち得ると考えるほど、
空想的な話はないだろう。

主権が制限されているのだから
制限されているなら、それは厳密にはもはや主権とは言えない)、
国内の民主主義も、当たり前ながらアメリカの意思と国益に
大きく反しない範囲でしか
、機能し得ない。

国民の多数が戦争を望まなくても、
アメリカが、わが国の軍事的加担を必要と判断すれば、
日本がたやすく戦争の渦中に巻き込まれてしまう危険性も、
十分にある。

9条2項(特に戦力不保持の規定)をそのままにして、
既に合憲の“非軍隊”
である自衛隊を憲法に追記しても、
その構図には些かの変化もない

むしろ固定化、永久化するだけ
(但しアメリカ側の判断で、わが国への
軍事的コミットを後退させたら、その瞬間に、
日本は安全保障上の致命的な欠落を抱え込むことになる)。

憲法問題の核心は9条であり、
9条の核心は2項の「戦力不保持」
規定に他ならない。

わが国が自ら欲しない戦争に巻き込まれるのを防ぎ、
民主主義が真に機能し得る社会を求めるのであれば、
憲法9条2項の改正は不可欠。

「平和と民主主義」の為にこそ、
憲法改正は求められている。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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