ゴー宣ネット道場

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切通理作
2017.9.15 00:06

師範をやめることになりました


     
本日この記事が、私のこのブログでの最後の文章になります。

  昨日の師範会議で話し合ったことを踏まえて、私はゴー宣道場の師範をやめることにいたしました。

 

  といっても、道場の意義を見失ったとか、考え方に根本的に違和感があるとか、小林よしのりさんの姿勢に疑問があるとか、そういうことではありません。

 

  ひとえに、山尾志桜里議員と、ゴー宣道場の師範・倉持麟太郎さんとの「不倫」スキャンダルに関して、倉持さんを「ヤリチン弁護士」と書いた師範の泉美木蘭さんに対し、私が「顔も見たくない」「吐き気がする」と道場ブログで書いたことについて、師範同士最低限の敬意を持つべきところを欠いた表現だと認識したことにあります。

 

 本来は、「顔も見たくない」と書いた私の方が、泉美木蘭さんに許されるまで、その前に出ることが許されないはずです。師範会議で直接お目にかかって、お詫びすること自体、甘えてしまう機会であったと思いますが、泉美木蘭さんには、本日このブログを読んでくださっている皆さんの前でも、改めてお詫びいたします。

 

 大変申しわけありませんでした。

 

 スキャンダルそのものについても、「不倫はなかった」とする当事者たちに対して、「1ミリも信じておりません」などと書いた事は、書いた時点での正直な認識を記しておくべきだという思いはあったにせよ、結局は週刊誌報道に端を発する世間の一方的なバッシングに加担する結果につながり、かつ、ゴー宣道場の目的の根幹である皇統問題についてあれだけ真摯な実行力を持って対してくれたお二人に対して、道場師範としての当事者意識を欠いた行いであったと反省しております。

 

 またその当事者意識をもってすれば、ないしはまともな読解力があれば、泉美木蘭さんの言った「ヤリチン弁護士」も、倉持さんに対するユーモアを交えた愛情ある批判であり、あの時点で示せるギリギリの態度でもあったということに気づけるはずだという高森明勅さんのご指摘に、反論すべきなにものもありません。 

 

 代表師範の小林よしのりさんは、私が師範でなくなっても、ゴー宣ネット道場での動画番組『切通理作のせつないかもしれない』を継続することにしてくださり、また、今後の道場にも一般参加者として加わる余地を残してくださいました。

 

 思えば、私のゴー宣道場へのかかわりは、「道場本体ではないが、幅として、ネット道場でバラエティ番組を担当する」というお誘いを、小林さんから頂いたことから始まりました。

 

 その後、道場自体も聴講することが許され、昨日までの師範という立場になった次第でありますが、初期の頃の精神に立ち返り、皇統問題、憲法はどうあるべきか、グローバリズムと国家の問題、あるいは原発問題についてなど、道場の関心テーマに対して、あるいは公論にとって必要な物ごとを自主的に見出し、同じ社会に生きる人間の一人として、物書きとして、考えてまいりたく思います。

 

 あらためて、小林よしのりさん、高森明勅さん、笹幸恵さん、泉美木蘭さん、倉持麟太郎さんにお詫びいたします。また、これまでご一緒できたことに感謝いたします。

 

 道場門弟の方々にも、お世話になりました。「尊敬できる師範になってください」というカレー千兵衛さんのお言葉、胸に染みました。「尊敬できる人間になってください」という意味にも受け止め、出直してまいりたく思います。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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テーマ: 「コロナ後のリベラル」

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