ゴー宣ネット道場

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トッキー
2017.11.1 03:04

週刊文春記者の思考が古臭くなってる証明

今日発売の週刊文春(11月9日号)に
『山尾志桜里「肌に合う」
 一線超えて入党のモラル』
という記事が載ってます。

結局決定的写真の一枚も
撮れなかったくせに、
まだ山尾氏の立憲民主党入党について
チクチク言っているのは
なんだかムカつきますが、
記事の多くをよしりん先生の
言葉が占めていて、
批判記事になりきれていないので
ちょっと笑っちゃいました。

1時間もよしりん先生の
説教くらったのが、
相当効いたのでしょうか?

ただ、気になったのは
最後によしりん先生の発言として
書かれているこのセリフ。

「(山尾氏・倉持氏に)
文春が見張っているだろうから、
気を付けろとも言うつもりじゃ」

よしりん先生は
「・・・じゃ」なんて言葉、
使いませんよ!

「わし」って言ってるから、
つい年寄り言葉にしようとして
「・・・じゃ」ってつけたんでしょうが、
そもそも今どき、
「・・・じゃ」って言う年寄りなんて
いますか!?

それって、
「・・・アルヨ」と言う中国人や、
「・・・ざます」と言う上流婦人
と同じで、そんな人、
漫画の中くらいにしかいません!

こういう、フィクションの世界で
人物のキャラクター付けに
使われる言い回しを
「役割語」と言うそうです。

以前『水曜日のダウンタウン』で
検証してましたが、
「・・・ざます」を使う上流婦人は、
数十年前には実際にいたけれども、
今ではほとんどいないようです。

「・・・アルヨ」も「・・・じゃ」も、
かなり昔には実在してたけれども、
今では「役割語」としてのみ
存在しているということでしょう。

そんなステレオタイプの言葉を
実在の人物の言葉に
してしまうところに、
これを書いた記者の思考が完全に
固定観念に縛られていることが
如実に表れていますね。

だから古臭い因習に縛られて、
「八つ墓村」的な不倫バッシングに
血眼になるのかと妙に
納得してしまいました。

しかし、そんな固まりきった
ガチガチの古臭い頭じゃ
週刊文春は年寄雑誌化が
避けられないと思いますがね。

あともうひとつ、
結論に「老婆心ながら、
一線交えることなきよう――」って
書いてますけど、
「一線交える」って、何?
「一を超える」と
「一を交える」が
ごっちゃになってて、
意味が分かりませんよ!
「一線交える」なんて
日本語はありません!!

こんなのは、校閲が気づかなきゃダメでしょ。
トッキー

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