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高森明勅
2018.1.30 22:00

普通に「自衛権」を考える

憲法9条の改正は何の為か。

言うまでもなくわが国の真の自主独立を回復する為だ。

自主独立を回復しなければ、
平和も民主主義もその他のリベラル的価値も、
決して保障されない。

自主独立を回復するには、
「自衛権」を十全かつ規律ある形で行使できるように、
憲法を改正しなければならない。

さしあたり叩き台となる、
自衛権」を明記した9条改憲私案は、
先に発表した(
それに過度に拘るつもりはない)。

自衛権は勿論、個別的自衛権と集団的自衛権によって成り立つ。

もとより、個別的自衛権すら十全に行使できないまま、
集団的自衛権に踏み込むのは、危険極まりない。

安保法制や自衛隊加憲論はその典型例。

だから私はこれまで批判して来た。

しかし、自衛権を明記する憲法改正なら、
どちらかを敢えて除外するのは、
独立国として明らかに異例だろう
(「自衛権」と明記すれば、
そのまま個別的・集団的両自衛権を含む)。

わが国が自衛権を十全に行使できるようになり、
対米依存=
従属を解消した際に、集団的自衛権を実際に
行使するのは、
どのような場面か。

わが国の存立に直接、重大な関連を持つ
友好的な近隣国からの要請に、
抑制的に応えるのが、
主なケースにな
るだろう。

これまでの諸外国の実例(国連発足から2014年までの15件)
を見ると、
集団的自衛権の行使は、自国より軍事的に弱小な国を
助けるパターンが圧倒的に多い。

自衛権を回復する改憲が行われたら、
もう“属国”として“
宗主国”に忠勤を励むという
歪(いびつ)
な集団的自衛権の在り方に囚われる必要はなくなる。

その場合、アメリカのような世界最強国が、
日本の集団的自衛権行使の対象になるは、
同盟国だから皆無ではなくても、珍しいケースに限られるはずだ。

言うまでもなく、集団的自衛権を行使するかどうかは、
その都度、
わが国が主体的かつ慎重に判断する事になる。

憲法がたやすく何度でも改正できるなら、
第1段階の改正では、
個別的自衛権“だけ”
フルスペックで行使できるようにするにとどめ、
第2段階で集団的自衛権に拡げるという考え方も
それは半人前国家から一挙に一人前国家になるのではなく、
まず半人前プラスα国家になり、次のステップで一人前国家になる、
という話だが)、
あり得るかも知れない。

しかし、それが困難なら、
自衛権の「行使」を規律する条文を加えるのは当然としても、
「自衛権」
それ自体の一定部分を、わざわざ予め除外するという
発想を、今のところ私は取らない。

更に、集団的自衛権を“地下”に追いやる事で、
個別的自衛権が恣意的に拡大解釈される等)
立憲主義的な規律が及ばなくなる危険性はないだろうか。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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