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トッキー
2018.2.6 04:10新刊情報

『新・堕落論』と決戦前夜の意識

今日もライジングコメント欄から、
『新・堕落論』
感想ご紹介です!



『新・堕落論』を拝読しました。

1章で、「トカトントン」が聞こえたときの
表情に強烈な印象を受けました。
おそらく原文を読んでも、この話の
テーマは理解できなかったと思うので、
こうして漫画にしていただけたのは
とてもありがたかったです。
他の紹介された本も、タイトルを聞いたことは
あっても読んだことの無いものばかりでしたが、
とても興味をそそられました。
分厚い本のようですが、いつか全文を
(ただし日本語で)読んでみたいと思います。

「堕落」についても、古今東西の
さまざまな形の堕落を取り上げられており、
とても読み応えがありました。

「堕落」とは、単に気の緩んだ
生活態度を指すのでなく、
「真理の追究を放棄すること」
「善き生への追及を放棄すること」
であると感じました。
また、「堕ちきる」とは、自身の堕落に
気づくことというように感じました。
残念ながら、現代の人達は
まだまだ堕ちきってはおらず、
今後も堕落し続けることに
なるのではないかと思います。

「楽しむことが何より大事」
「価値観は人それぞれ」といった、
堕落を野放しにする言葉が
現代には溢れかえっています。
これらの言葉自体は必ずしも間違いでは
ないのでしょうが、堕落した態度を
正当化する言い訳に使われて
しまっているように思います。

安吾の『堕落論』で1つ疑問に
思ったことは、戦時中の人々は
考えることが無かった=思考停止していた
のであれば、それもまた堕落なのでは
ないか、ということです。
私の「堕落」に対する捉え方が
間違っているのでしょうか。
あるいは、戦時中にあってはもはや
一億枕を並べて斃れるしか道は無く、
それにむけて忠実に実践していたから
堕落ではない、という見方なのか。
戦時中の状況は、思索と実践の
バランス感覚を養う上での
良いモデルケースであると
言えるかもしれません。

いずれにしろ、戦時中は考えて
いられないとするならば、
決戦前夜こそ重要ということになります。
現在もまた決戦前夜であると思います。
そうした時代に遭遇した自分は
どうすればよいのか。
日頃から意識していきたいと思います。

本編とは別に、章間の挿入写真も
また印象的でした。
構図は表紙と同じですが、
よしりん先生はおらず、代わりに机の上に
タブレットが置かれている。
全体が暗いトーンの中で、タブレットの
バックライトだけ不気味に白く光っている。
何とも言えない胸騒ぎに襲われます。
「わしもいずれはいなくなるぞ。
その後はこの堕落加速装置が残るんだ。
そんな時代の中で生きる覚悟を持っておけよ。
そのためにこの本を描いたんだからな。」
そう言われているような気がしました。
(lkfaeaniさん)


まずは堕落に気付かなければ、
浮上もできません。
いつか浮上することを信じるからこそ
現状の堕落を描き切った『新・堕落論』!
まだまだ多くの人に
読まれなければなりません!
トッキー

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