ゴー宣ネット道場

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トッキー
2018.2.22 05:26その他ニュース

バカにつける薬はないのか

よしりん辻説法
「寝耳の♯MeToo」
の感想をご紹介します!



『辻説法』の「寝耳の♯MeToo」
を拝読しました。
「女がわしの生きがいだ! 
わしは圧倒的に女の味方になる!!」という
よしりん先生のお言葉、
励まされたような気持ちです。
世の男性の大半は善良であると私は信じています
が、酷い被害に遭って人間不信に陥っている
女性もいそうですから、これは拡散したいと
考えました。ありがとうございます。

「実力者から、俺と仕事したけりゃホテルの
部屋に来い、と言われたら?」という問いに、
りか坊さんが「ディカプリオみたいな
イケメンなら考える」と答えましたが、
おそらくこれが大半の女性の声でしょう。
そこは私も「MeToo」ということで。
そうなると一方的なハラスメントと
いうよりは、お互い合意の上の恋愛になりますね。

男性からすれば「なんじゃそりゃ」でしょうね。
「セクハラ親父でも顔が良けりゃいいんかい、
これだから女は信用できない、女は自分に
言い訳しながらも自分の利益のためなら
体だって差し出せる、同情の余地ないぞ」と、
被差別的な感情を抱くでしょう。

たしかに女性はそういう一面があります。
本当にいやなことは絶対にしません。
最初はいやだと思っていても、何らかの
見返りがあったり、そこに悦びが生じれば
「これもアリか」と受け入れる逞しさが
あります。
男性が元々個性的で魅力的な人物なら、
女性の中にも情が芽生えうる。そういう
粋なドラマも生まれる可能性があるから、
カトリーヌ・ドヌーブは「男が女を口説く
自由はある」と主張したのかも知れません。
でも、男女がそうそう、そんな自由で
大人な関係ばかりでいられるわけがない。
それも、男性にとって都合の良い論理に
過ぎないのに。ドヌーブは才能のある
世界的な名声を持つ2人の男性との間に
それぞれ子をなし、未婚のままで産み育て
ましたが、世の中の女性が皆自分みたいな
強者ではないという、
あたりまえの発想がなかったようです。

権力をカサにきなければ、卑怯な手を
使わなければ女一人をモノにできない、
性的魅力がカケラもない男性は哀れだし、
みっともない。そしてそういう男性に
屈服させられたり、いやでしょうがないのに
身をまかせなければならない女性に、
「いやなら断れ、拒む権利ぐらいあるだろう」
なんて正論は惨めに感じさせ、
追いつめるだけでしょう。

私にとって身近なセクハラといえば、
昔勤めていた会社で、派遣社員の30代前半の
美女が、部長に言い寄られていました。
(その部長には男性的魅力はなかったですね。
同じ年代でも、関西設営隊の男性陣とは
えらいちがいだよなぁと、それはともかく。)
騙し討ちのような感じで勤務時間外に2人きり
になるように待ち合わせさせられたり、
電話番号を書いた紙きれを握らされたり
(これは現物を見せられた女子全員で
大笑いしました)。
この部長にとってはセクハラという意識はなく、
あくまで恋愛のつもりだったのでしょうが。
気の毒というか、おめでたいというか、
ほんと男ってバカだ、つける薬がねぇわと。

でも、不思議なもので、男性って
「ちょっといやがるそぶりを見せるだけ」、
あるいは「本気でいやがってなさそう
(に見える)」という女性にちょっかいを
出す傾向があるようです。
会社でも、日頃愚痴をこぼしていた女子社員は、
常識と節度があり上司にウケがいい
雰囲気美人が多かったです。
かといって、女性も会社で被る仮面は簡単に
取り外せないのだから、辛かっただろうな。
そこをわかってやれよ、男は。勘違いせんと。
あ、そういう機微を理解しないから、
部下を平気でおもちゃにできるわけか。

ちなみに私は、上司に「いいでしょう、
〇〇さん、飲みに行きましょう、
受けて立ちます、逃がしませんよ」という
返しができるキャラを演じていました。
男性からすれば、ノリが良い部下は、
ちょっかい出す面白味も甲斐もなかったの
でしょう。だから、私はセクハラの類を一切
受けたことがないです。自慢にならないか。

色気のない我が人生に、一片の悔いなし。
(だふねさん)



そーですね、男はバカです、はい。
地位ができればモテるもんだと
勘違いする男ってのは、確実におります。
私は権力を笠に着るような地位に
ついたことなどないので、
勘違いしないですみましたが。
これも自慢にならないか。
トッキー

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