ゴー宣ネット道場

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泉美木蘭
2015.12.14 00:18

また何度でも道徳を取り上げたい

昨日のゴー宣道場は、切通理作さんのキャラクターパワー全開、
すごい基調講演からはじまり、終始、自分の日常や自分の感覚に
引きつけて考え続けられる回でした。

実は、道場がはじまる直前の控室で、私は、小林よしのり先生から、
先日コメンテーターとして朝の番組に出た時のことについて

「(ニコ生の)生放送のときはなんにも勉強してこないくせに、
テレビに出るとなったらめっっっちゃくちゃ勉強しまくってきて、
知的な人に思われようとしたな!? この打算的な女めぇーっ!

と、面と向かって罵られまくり、
ハイそうです知的に思われようとめちゃくちゃ頑張りました・・・と、
のっけから心がぼっきぼきに折れていたので、ことあるごとに
(あの時の私も、この時の私も、「道徳B」だったかもしれない・・・)
と、
自分の不道徳さをいつも以上に深く自覚させられる時間にもなりました。


道徳は知識として取り入れられるものではない、
勇気を伴う習慣として身につけていく技術だ、
というお話がありました。

私にとって、勇気が出せない時の大きな理由は、自己保身です。
自分かわいさで、もじもじしてしまいます。
こちらがもじもじしている間に、さっと立ち振舞ってしまう人や、
捨て身の覚悟で何かに取り組む人の姿を見ると、
その勇気に、自分の自己保身の姿が照らし出されてしまったような
気持ちになります。
人の勇気は、とてもまぶしい。
信念、筋を通す光のようなものだからです。

子供のころ「お天道さまが見てござる」という言い方で躾けられた記憶が
ありますが、本当のお天道さまは、こういうだれかの勇気のまぶしさの
ことだった
かもしれないと、ふと思い至りました。

まぶしさに照らされて、奮い起されることもあれば、
自身の情けない影や、間違った姿が見えてしまい、直視に耐えられず
逃げ出してしまうこともありますが・・・。
たとえ逃げ出してしまったにしろ、すくなくとも、
「あの時、自分は間違っていました」
「とてもずるい逃げ出し方をしてしまいました」
と言える勇気を出す習慣があれば、軌道修正ができる。
・・・けれども、残念ながら、その習慣のない人が(政治家を筆頭に)、
はびこりすぎているのが日本の現状かもしれません。

道徳をテーマにした議論は、ゴー宣道場の核でもあるように感じました。
リベンジと言わず、また何度でも取り上げたいです。
泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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