ゴー宣ネット道場

BLOGブログ
泉美木蘭
2016.4.30 07:36

女は「議論」と「私情のガス抜き」を混同しがち

女だけで寄り集まって、男の悪口を言い合うのって、本当に快感!
それは、女として身にまとっている自己幻想を脱ぎ去って、
『鬼の顔 みんなで出せば 怖くない』
って感じで、醜い私情をぶちまけまくり、それでも同意してもらえる
という解放感があるからだと思うんですが、
女性は、そういったガス抜きの井戸端会議と、公論のための議論を
ごちゃ混ぜにしがちなところがあるのではないかなあ…。

以前、ゴー宣道場で、
「昔は、専業主婦と言えば、煎餅をかじりながら居間で寝転んで、
昼のメロドラマを眺めているイメージがあった」
と発言したところ、専業主婦だという女性参加者に
「私は介護や家事で大変だった」「ブチ切れそうになった」
と言われたことがありました。

決して「主婦」を揶揄したわけではありませんでした。
高度経済成長期の時代は、そういう風に過ごせる主婦がいて、
ドラマやコントのなかにも「お気楽」なキャラクターとして一般化
されていたという世情を、意見表明のなかで触れただけ。
けれども、その女性がマイクを握って表明したのは、
自分が結婚して主婦になったことで起きた困難に対する恨みつらみ、
「ブチ切れそうになった」のは、そんな自分の苦労を誰にも知って
もらえない、慰めてもらえないことへの個人的な怒りでした。

その女性が、嫁ぎ先から「嫁」としての理不尽な苦労を強いられ、
辛酸をなめ続けたことは本当なのだろうと思います。
そして、その苦労を報われたい、慰められたいと思うのは人間として
当然のことで、ごく自然な気持ちだと思います。
けれども、その個人的な「報われたい」「慰められたい」ケースを、
一般化された主婦像の説明に、ヒステリックにぶつけてしまったら、
それは、公私混同。
『議論への参加』ではなく、単なる『私情のガス抜き』でしかなくなると
思います。

女性は、本当にこの手の混同が多いのではないかと思います。
「報われない!」「慰められたい!」「察してほしい!」
特に、寡黙を美とする日本男児を前にすると、こういった、
内なる私情の種火を、弱者の目線で燃やしまくってしまいがちというか。

それから、むかし、ある有識者の女性から
『女であることは、ハンディキャップである』
という旨の話をされて、
「えええ、そうなのお!?」って驚いたことがあります。
だって、女であることで、いろいろ得させてもらっているし、
私には、女だから乗り切れた人生の名場面が、いっぱいあるんだもん!
女性はみんな、そういう場面あるんじゃないの?
でも、
そういった思想が一般的なのかしら?
だとしたら、その感性も、議論と私情の混同を招きそうに思うのですが…。
男尊女卑はあるし、腹立たしいことはいっぱいあるけど、
『ハンディキャップ』とまで言われちゃうと、そうかあ? と思っちゃうなあ。
私のイケイケゴーゴーな主体性を否定されたような、いやーな気持ち。
日本男児も、男なだけでたいがい重圧背負わされてて大変そうだけどな…。
泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

次回の開催予定

第93回

第93回 令和2年 11/8 SUN
14:00

テーマ: 「愛子皇太子の可能性」

INFORMATIONお知らせ