ゴー宣ネット道場

BLOGブログ
泉美木蘭
2016.5.11 05:30

インターネットの平等主義という恐ろしさ

ブログを書いたことがあったけど、
昨夜は生放送で話しながら、この公私混同の病は、
在特会のヘイトスピーチや、自称保守の皇室バッシングにも
当てはまることで、決して女だけの特徴ではなかったな、と
反省しました。

ネットの閉鎖空間だからこそ文章化できた《ヘイト》が、
他人の同意を得ることによって市民権を得たように感じてしまう。
そのヘイトに、イデオロギーが注入されたり、
まったく筋違いの理屈がこじつけられたりして、
さも正当な主張であるかのようにその場の全員が勘違いしていく。
結果、公共の場で、見るに堪えない言動を自信をもって展開する
ようになってしまう・・・。
今後もいろんなジャンルで発生する現象なのだろうと思います。
そのたびに、「それ、ビョーキですから!」と素早く冷静にさらっと
ツッコめる人間でいたいよね。

それから、こういうネット病の背景には、
「どこの誰にでも、なんでも発言する権利がある」という、
インターネットの平等主義が作用しているのかなとも思います。

インターネットはもともと、生まれた瞬間から完全平等主義でした。
当初は「学術目的のネットワーク」だったからです。
研究者たちがコンピュータを接続して、データの共有を行い、
研究報告、その指摘や助言をしあうメール交換がはじまり、
それが、メーリングリストや掲示板の開発につながりました。

学術の世界では、偉い教授も新米の研究者も平等に資料の
提供を受け、そして発言する権利があります。
新しい発見や大きな成果は、肩書きや年齢に関係なく起きるし、
現役の学生が実用化できる成果を上げることもありますよね。
世界的な学会の論文も、いろんな研究者が投稿しています。
決して、お茶の水博士みたいな爺さんばかりではないです。

この世界に、パソコンメーカーが開発した、電話回線を利用した
ネットワーク「パソコン通信」を接続したのが、現在の「ネット」の
はじまりですが、最初の接続のとき、多くの学術ネットワークは、
強硬に大反対したそうです。

「どこの誰かもわからないような奴がつないでくるじゃないか!」

逆に言えば、学術ネットワークとして、発言の平等が担保されて
いた時は、その発言者が、どこの誰で、どんな研究をしている
どんな人物なのかが全員に把握されていたのです。

現実の人間の共同体があって、その共同体の共通目的である
「研究発展の手段」がインターネットだった。
だから、それぞれの抑制が正常に働いて、たとえパソコンの中の
文字の発言であっても、正常な議論、公私の分別ができていた。
これが、現在のSNSや匿名掲示板とはまったく違う点です。

SNSの友人関係は、それがたとえ見知った人間や、現実の友人
であっても、現実の生活上の共同体とはまったく関係なく、
なおかつ、自分に都合のよい関係だけを選択できる世界です。

都会に独り暮らしする私が、一階の大家さんとは日常的な会話を
していても、隣りのミエテルとは顔を合わせないようにするのと同じ。
(よくわからない方は、『ザ・神様!』読んでね
絵文字:ハート
自分のSNSに、近所のおじさん、よく顔を合わせる同じ団地の奥さん、
いつも買い物する肉屋のお父さん、自分の甥っ子、同級生の娘、
いつもちょっと意識してしまう素敵なあの人・・・
現実とまったく同じものが再現されていたら、後ろめたくて絶対に
できない発言が
ネット上にはいっぱいあるはずです。
それが脚光を浴びてしまったら、
異常事態だと思わなければならない
と思うのです。

『日常では絶対にできない発言』と、
『インターネットの平等主義という恐ろしさ』、
ネットを使うことが日常的になった人間が、絶対に意識しつづけて
おかなければならない落とし穴ではないでしょうか。
泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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