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高森明勅
2020.3.27 00:28皇室

教科書における「聖徳太子」

文部科学省は学習指導要領の改訂に当たり、
「聖徳太子」の名前を削ろうとしていた(平成29年)。
この時の改訂には、その他にもおかしな内容が多かった。
それに対して、「新しい歴史教科書をつくる会」を
はじめとする国民有志が批判の声を挙げ、ことごとく
押し戻した経緯があった。当時は私も、国会議員の皆さんに学説状況や関連史料を
紹介する機会を与えられた。
今回の文科省の奇妙な検定結果には、その時の“意趣返し”
のような側面も感じられる。

私は発売中の『正論』4月号に、「聖徳太子は『架空の人物』か」
と題するささやかな一文を寄せた。
詳しくは、直接、同文をお読み戴きたいが、文中から2ヵ所だけ
引用しておく。

「遣隋使の歴史的な意義は、5世紀以前、わが国がシナ王朝
との間に国際的な臣属関係(冊封関係)を維持していたのに、
ピリオドを打った点にある。
シナ『皇帝』の下位に置かれた『王』の称号を止めて、
『天皇』に改めたのは、朝貢の形式は守るが、政治的に
臣従はしない“不臣(ふしん)の朝貢国”として、朝鮮半島とは
異なる歩みを自覚的に始めたことを意味する。
遣隋使が持参した『日出(いず)る処(ところ)の天子』の
国書(607年)の執筆に太子が関わった可能性が指摘されている。
ならば、翌年の国書にある『東の天皇』も太子が書いたのかも
知れない。
これが『天皇』号の確かな初出と考えられるから
(拙著『謎とき「日本」誕生』ほか)、『天皇』は太子ご自身の
お考えによる君主号である可能性も否定できない」

「『聖徳』というのは、太子が聖人のように高い徳を身に
つけておられた事実を称(たた)えた、ほとんど最上級の諡号
(しごう=おくり名)だ。
それは国内で確認できる最古の漢風(かんぷう=シナ式)諡号
でもある。
これらの事実からも太子の偉大さは歴然としている。
歴史教科書に取り上げられる場合も、それにふさわしい
記述が望まれる」

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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