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高森明勅
2020.5.19 06:00皇統問題

皇籍復帰を拒絶された実例

歴史上、皇族がその身分を離れ、臣下として長い歳月を
経た為に、皇籍への復帰を拒絶された事例がある。
その1つを紹介する。
室町時代の四辻善成(よつつじよしなり)のケースだ。
順徳天皇の孫・尊雅(たかまさ)王の子という(天皇から3世)。
源氏物語の注釈書『河海抄(かかいしょう)』などの著者
として知られる。

「四辻善成…は31歳の時に臣籍(しんせき)降下して
北朝に仕えたのであった。
実務能力はなく閑職に甘んじてきたが、晩年には(足利)義満の
大叔父(外祖母の弟)にあたる廟堂(びょうどう=朝廷)の
長老として遇され、直接には(室町幕府の重鎮だった斯波)
義将(しばよしゆき)の後援もあり、応永2年(1395)、
70歳で左大臣まで昇進した。

調子に乗った善成はついでに親王宣下(しんのうせんげ)を望んだ。
すると義将は一転、無益なのでおやめ下さいと諫言
(かんげん=いさめる)し、そのまま出家させた。
人臣(じんしん=臣下)となって久しく、もはや皇胤
(こういん=天皇のご血統)とはみなしがたいと考えたのである
…筋を通す義将の姿は、公家(くげ)社会からも好感を持たれた」
(小川剛生氏)

ただ皇室の血筋を引いているというだけでは、
既に40年ほども臣籍にあった者が皇族の身分に“復帰”することは、
(天皇の曾孫で、左大臣にまで昇り詰めていても)
「もはや皇胤とはみなしがたい」として、当時の「公家社会」
でも認め難かったのだ。

ましてや、四辻善成の子や孫が皇籍を“新たに取得する”場合を
仮定すると、全く論外だったろう。
皇位の尊厳を保つ為には、皇室と国民との区別を、
厳格に守る必要がある。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/
高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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