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高森明勅
2020.6.14 06:00政治

帝国憲法の緊急事態条項

私は憲法についてはまるっきり素人。
それでも、あらゆる国が“緊急事態”に直面する可能性を避けられない以上、
立憲主義の観点からも、憲法に予め「緊急事態条項」を盛り込んでおく
ことは、欠かせないと考えている。
日本国憲法にそれがほぼ無い
(54条の参議院の「緊急集会」の規定のみ)のは、

明らかに欠陥だろう。

一方、帝国憲法には緊急事態条項があった。
8条・14条・31条・70条など。ここでは、明治政府の準公式的な
憲法解説書だった『大日本帝国憲法義解(ぎげ又はぎかい)』
(伊藤博文名義・井上毅〔こわし〕原案執筆)から、8条の解説を
一部紹介する(相澤理氏の現代語訳による)。いささか長文にわたるが。「恭(つつし)んで考えるに、国家が急迫の事態に臨んで、
または国民に凶作・疫病およびその他の災害が起こった時にあたって、
公共の安全を保持し、災厄を予防・救済するために、力の及ぶかぎり必要な
処分を施さないわけにはいかない。
この時に議会がたまたま開会の期間でなかった時は、政府は進んで責任をとり、
法律に代えて勅令(ちょくれい)を発して、施策に漏れがないようにするのは、
国家の自衛・保護するために元来やむを得ないものである。

それゆえ、先の第5条で立法権の行使は議会の賛同・協力を経なければならない
とあるのは、常態を示したものである。
本条で勅令をもって法律に代えることを許可するのは、緊急の時機のために
例外を示したものである。
これを緊急命令権という。
そもそも、緊急命令権は憲法が許すものであるが、一方で憲法が最も
濫用(らんよう)を戒めるものである。
憲法は公共の安全を保持したり、災厄を避けたりするための緊急な必要に限り、
この特権を用いることを許すが、利益を保護し、幸福を増進する通常の理由で
これを濫用することを許していない。

よって、緊急命令を発するにあたっては、本条に準拠すると宣告する形式を
とらなくてはならない。
もしも政府がこの特権に頼り、容易に議会の公議を回避するための方便として
用いて、既定の法律を破壊するに至ることがあるならば、憲法の条規は空文
(くうぶん)に帰し、臣民(しんみん)の自由や権利を保護することが
できなくなってしまうだろう。
それゆえ、本条は議会をこの特権の監督者として、緊急命令を事後に検査して
承諾させるべきことを定めている。

本条は憲法の中で最も疑問の多いものだと思われる。
そこで、逐一(ちくいち)問いを設けて説明したいと思う。
…議会はいかなる理由で勅令の承諾を拒否することができるか。
答え。
この勅令が憲法に矛盾していたり、本条に掲げた要件を欠いていたりすることを
発見した場合や、その他の立法上の意見によって、承諾を拒否することができる。
…この勅令をもしも政府が次の議会に提出しなかった場合や、議会が承諾を
拒否した後に廃止された旨を公布しなかった場合はどうなるか。
答え。
政府は憲法違反の責任を負わなければならない。…」と。

緊急勅令は、関東大震災(大正12年)の際の治安維持令(治安維持法の前身)や、
金融恐慌(昭和2年)の時の銀行に対するモラトリアム(支払い猶予)などの
実例がある。

戦後、一方的に批判されることが多かった帝国憲法でも、
このような配慮と用意はあった。

 

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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