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高森明勅
2020.11.22 06:00皇統問題

「楯の会」憲法改正草案の“謎”

三島由紀夫が結成した「楯(たて)の会」(隊長は三島自身。
かの「三島事件」は、別名「楯の会事件」とも呼ばれる)。

同会では、独自の憲法改正草案を作成すべく、
憲法研究会(阿部勉代表)を組織していた。
同研究会がまとめた改憲草案の「おおむねの内容(の一部?)」は、
後に公表された(平成15年、松藤竹二郎氏によるのが最初か)ものの、
さほど注目されていないようだ。

取り立てて言及されたのは鈴木邦男氏くらいだろうか
(鈴木氏は、阿部氏から草案を託された同じく元・楯の会メンバーの
本多清氏らへの取材もされた)。

「三島メモ」を元に、研究会のメンバーが討議を重ねてまとめたという同草案
(の「おおむねの内容」)は、失礼ながら、私が読んでも完成度は必ずしも
高くないように思える。

しかし一点、「天皇」の章に見える次の条文案は、見逃せない。

「皇位は世襲であって、その継承は男系子孫に限ることはない」
現行皇室典範にある“男系男子”の縛りを、明確に(!)撤廃している。
今から半世紀も前の草案であることを考えると、驚くべき慧眼(けいがん)
ではあるまいか(私が「男系男子」限定の無理さを指摘し始めたのはおよそ
四半世紀前)。

公表された内容の全体に亘(わた)る文体の稚拙さ
(をはじめ様々な未熟ぶり)は、とても三島自身の手になるとは思えない。
明らかに、メンバーが手探りで書いたものだろう(主な執筆者は若き日の阿部氏?)。

しかし一方、少なくとも同条の内容は、そのユニークさから、
三島以外の研究会メンバーが独自に思い付いたとは、にわかに考え難い。
又、同条文を巡る研究会内部の討議でも、メンバーは戸惑いを隠せなかったようだ。
従って、これは(文章化が誰であれ)三島自身のアイデアだったと考えるのが、
自然ではあるまいか。

実はこの点について、自分でもなかなか確信が持てなかった。
なので以前、「憂国忌(ゆうこくき)」の事務局を預かる三島由紀夫研究会の
依頼で講演をした時(平成21年10月)に、会場に当時の三島由紀夫記念館の
館長をはじめ、三島研究の専門家の方々が多数、来ておられたこともあり、
講演の途中で少し異例ながら、私の方から“どう判断すべきか”、
会場の皆さんにお尋ねしたことがあった。
だが、残念ながら、その場ではハッキリとした答えは得られなかった。

よって、今は取り敢えず、三島自身の着想だったと見ておこう
(同研究会の代表だった故・阿部氏とは生前、いささかご縁があり、
同草案が公表される前に、酒席などで何度かご一緒させて戴いた。
だが残念ながら、同草案について話題になった記憶は、無い)。
同草案がまとめられた頃、皇室には昭和天皇以外に、上皇陛下(当時は皇太子)
をはじめ、多くの男性皇族がおられた。
だから、「男系男子」限定というこれまでのルールを変更する必要があるとは、
ほとんど気付かれていなかったはずだ。
そうした中で、「男系子孫に限ることはない」という改正草案を思い付くとは。
やはり一種の天才的な閃(ひらめ)きだろうか。

もっとも、これより更に以前、現在の皇室典範で「非嫡出」による
皇位継承の可能性が排除されたことを受けて、葦津珍彦氏が次のような
指摘をされていた。

「女系を認めず、しかも庶子(非嫡出子―引用者)継承を認めないと云ふ
継承法は無理を免れぬ」(『天皇・神道・憲法』昭和29年刊)と。

葦津氏は、その「無理」を解消する為に、「庶出(非嫡出)」による
継承の復活を唱えられていた。
あるいは、三島はこれを読んで、(葦津氏が唱えた)非嫡出による
継承の復活は至難と自ら判断して、上記のごとき条文を思い付いたのだろうか。
葦津氏の著書は当初、「神社新報社・政教研究室」名義で出版された一方、
三島は長編小説『鏡子の家』(昭和34年刊)執筆の為に、神社新報社の
関係者に取材をしていた事実がある(たまたま、その取材を受けた関係者の
子息が、私の学生時代からの友人)。

ならば、三島が上記の著書を読んでいた可能性は、想定しやすい。
しかし、たとえそうだったとしても、前出条文を着想した先見性、
洞察力の卓抜さは、目を見張るものがある
(これにもし、三島本人が関与していなければ、もっと驚くべき事実だが)。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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