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笹幸恵
2021.3.20 16:49日々の出来事

75年前との類似点

18日、菅首相が今月21日に緊急事態宣言を
解除するという記者会見を行った。
ぼんやり聞いていたけど、一気に脳内に「???」が
駆け巡ったのが、このセリフ。

「感染拡大を二度と起こしてはいけない。その決意を
今回の宣言解除に当たり、改めて私自身、自らにも
言い聞かせております」

二度と起こしてはいけないってセリフ、聞いたことあるぞ!
毎年8月になるとメディアが報道する
戦争の話とまるっきり同じフレーズじゃないの。
私はメディアでこうしたフレーズが載るたびに
胡散臭さを感じてしまう。
そこには「なぜ?」という問いがないから。
戦争を本当に二度と起こしてはいけないと思うのなら、
「なぜ起きたのか」を徹底的に検証しなければならない。
単なる言葉だけなら、それは「願い」であり、
「希望的観測」であり、口先だけの反省に過ぎない。
もっとも多くの人はそうは思っていないから、
「二度と起こしてはならない」と呪文のように唱えるだけで
そこから目を背け、語らず、結局は「臭いものに蓋」を
した状態でやり過ごすだけになってしまう。
のみならず、それだけで平和が保たれると思い込む。
メディアもまた、それだけで「何かを語っている」という
気になる。
そういう欺瞞的なフレーズが、耳についたのだ。

「二度と起こしてはならない」って、本当は
相当に覚悟がいる言葉だ。
というか、それ以前に、感染拡大は戦争と同じか?
新型コロナは日本にとってそれほどおそろしいウイルスではない。
世の中にはたくさんのウイルスが存在し、人間はもともと
「withコロナ」で生きている。
感染拡大に無駄な悲壮感を付け足しているようで、
甚だ違和感を覚える。


戦争へと突き進んだ理由の一つは「空気」だ。
その「空気」は、一部の声の大きい人の勇ましい怒りに
大いに影響された。冷静な意見を言えば、
「それでも日本人か!」「非国民!」「軟弱者!」と
罵られる。逆に、過激な意見を言えば言うほど
人々の耳目を集め、その積み重ねによって集団は
原理主義化していく。
現在のコロナならモーニングショーの玉川徹がその典型だし、
分科会の尾身会長や日本医師会の中川会長もそうだろう。
「感染下げ止まり、楽観できない!」
「飲食店の営業時間はまだ短縮!」
「会食ではしゃべるな!」
「リバウンドの危険性は避けられない!」
「クラスターを徹底的に洗い出せ!」
そこには科学的な「なぜ」という検証がない。
「感染=悪」が大前提として眼前にのさばっている。
日本軍の1個師団はロシアの2個師団に匹敵する、
ノモンハンで大敗してもその信念は揺るがないのと同じ。
もはや「空気」は信仰の域にまで達している。観念的なのだ。
観念的なものの上に具体策(日本軍なら各方面の戦略、
コロナなら強力な締め付け策)を講じたところで、
実際の科学はそう思うとおりには運ばない。
検証できない、したら都合が悪い、ということで
うやむやになっていく。
そのしわ寄せや痛みは最前線の「現場」と国民が
かぶることになる。

東条英機は戦後、独裁者であったかのように語られた。
実際に首相であったとき、憲兵を使って恐怖政治を敷いた。
しかし戦争を避けるために首相になったのに、
彼でさえ、戦争を止めることはできなかった。
菅首相もまた人事権を握って官僚を言いなりにさせ、
もの言えぬ組織にしている。
そんな彼でさえ、全体主義的な「空気」に呑み込まれ
悲壮感漂う記者会見を開いている。

日本は70年前、80年前と何一つ変わっていない。

笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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