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高森明勅
2021.4.29 06:00皇室

4月29日「昭和の日」は、2つの点で“異例”の祝日である

4月29日は、国民の祝日の1つ「昭和の日」だ。
祝日としての趣旨は、「激動の日々を経て、復興を遂げた
昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」。

この祝日は2つの点で“異例”の祝日だ。
しかし、その事実が余り気付かれていないのではあるまいか。

まず1点は、先代の天皇のお誕生日が、御代替わりの後も、
“そのまま”祝日として残っていること。
「明治」から「大正」に時代が移ると、それまで祝日だった
明治天皇のお誕生日(11月3日)は、平日になった。
「大正」から「昭和」への場合も同じく、大正天皇のお誕生日(8月31日)は、
平日に戻った。
それは、この度の「平成」から「令和」への御代替わりでも変わらない。
上皇陛下のお誕生日(12月23日)は現在、平日になっている。

これらに比べて、昭和天皇のお誕生日だけが例外だった。
これは何故か。
当時、御代替わりに関わる実務の最高責任者として、
一切を取り仕切られた石原信雄元内閣官房副長官に、後日、
個人的にお会いした際に、尋ねたことがある。
それに対する回答は以下のような内容だった。

「当時、実に多くの国民が連日、昭和天皇のご闘病の際は
ご平癒を祈り、又、崩御の後にはご弔問の為に、黙々とご記帳の列に並んだ。
政府としては、昭和天皇に寄せる国民の篤い思いを目の当たりにして、
4月29日を平日に戻すという選択肢は、とても考えられなかった」と。

これは、昭和天皇のもとで“総力戦”を戦い、大きな犠牲を出して
戦争に敗れた後は、昭和天皇を国民結合の精神的な中心として“復興”に
力を尽くした、類いまれな全国民的体験のしからしめる所であったろう。
昭和天皇のお誕生日が、そのまま祝日として残っているのは、
決して当たり前ではないことを銘記する必要がある。

次に2点目として、祝日名が変更されたのも、異例だった。
この日は、祝日として残ったものの、当初は「みどりの日」という、
昭和天皇とは直接、繋がらない名称だった。

それが、国民の中から盛り上がった「昭和の日」制定運動の結果、
祝日法が改正され(平成17年)、遂に4月29日の祝日名が
改まることになった(「みどりの日」は5月4日に移動。
平成19年より施行)。

「昭和の日」制定運動の中核となられたのは、
一旦は平日になった明治天皇のお誕生日を、「明治節」として
復活させる国民運動の先頭に立った、田中智学師の系統に連なる
有志の方々だった(「明治節」は昭和2年に制定、被占領下に
施行された祝日法により「文化の日」に改名)。

ご尽力下さった関係各位には、改めて感謝と尊敬の気持ちを捧げたい。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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