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高森明勅
2021.6.23 10:05皇統問題

旧宮家のルーツ、伏見宮家の第13代当主・貞致親王を巡る謎?

いわゆる旧宮家のルーツは伏見宮家。
その伏見宮家について、以前、保守系の論者が
興味深い言及をされていたので、紹介しておこう。

「伏見宮家第11代・12代と御兄弟が次々お亡くなりになられたときに、
鍛冶屋の丁稚に行っている男の子を連れ戻しました。
…山城国西陣の鍛冶屋の徒弟となって『長九郎』と名乗っていたとのことです
(安藤為章『年山紀聞』)。

その『長九郎くん』を第13代伏見宮家当主貞致親王として戻し、
今に至っています。
真贋は、当時の京都所司代が『これはご落胤に違いない』と判定したとのこと。
江戸時代の鑑定をどこまで信じるか。
以上、『伏見宮家実録』に載っている話です。

さすがに明治の人も疑義を残すのはまずいと考えたのか、
伏見宮家出身の皇族(つまり今は旧皇族とされている方々の祖先)との
婚姻を進めたので、この方たちは女系ではまちがいなく明治天皇と
つながっていることになります」
(倉山満氏『日本一やさしい天皇の講座』。カッコ内も同氏)

旧宮家は全てこの貞致(さだゆき)親王の血筋。その中で、
明治天皇と女系を介して繋がっているのは、竹田家・北白川家・朝香家・東久邇家だった
(但し北白川家は既に途絶え、朝香家にも皇籍取得の対象となり得る
世代の男子は不在)。

同親王の経歴の特異さに加え、父親について異説があり
(同家11代・邦尚親王、又は10代・貞親親王など)、
出自の確かさを示す史料が主に母方の安藤家関係のもの
(『安藤略系』『安藤家系』『安藤家由緒書』)に偏っているのが、
「疑義」を残す原因になっているのだろう。

義理の弟に当たる近衛基煕は、
この人物を「異風の人」と評していた(『基煕公記』)。
戦前はタブー視され、戦後は無関心ゆえに、
この辺りの冷静な歴史学的検討が、
意外と疎かになっているのではあるまいか。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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