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2025.4.19 06:00お知らせ

広島から似島へ同胞を訪ねる旅  -その1 制御できない強すぎる火-

広島から似島へ同胞を訪ねる旅 

-その1 制御できない強すぎる火-
byともピー

 

広島駅を降り、広島電鉄の路面電車に乗り換えて電車が走り出した瞬間から感じる異国情緒がたまらなく旅情を盛り上げて、一瞬にしてこの街の雰囲気の中に飲み込まれる感覚になる。

到着駅名がサンフレッチェ広島レッジーナの女子サッカー選手の音声でアナウンスされる。広島の方の地元愛を感じる音声案内で広島平和記念公園へ。


路面電車と広島市街の様子 筆者撮影

高校の時の修学旅行で一度は見ているはずだが、なぜか記憶からまったく消えている原爆ドームを初めて見たかのように写真撮影。

原爆ドームは「広島県物産陳列館」として大正4年に竣工。昭和8年からは「広島県産業奨励館」と改称され広島県内の物産品の展示、販売などが催されていたが戦争が長引く中、奨励業務は1944年3月に停止され、それ以降は内務省中国四国土木事務所など行政機関、統制機関として使用されていた。

構造は一部鉄骨を使用した煉瓦造りで石材とモルタルにより外装が仕上げられていて木造の建築物がほとんどだった当時、モダンな建築物として広島名所のひとつに数えられていた。

昭和20年8月6日午前8時15分、原爆ドームの南東約160m、上空約600mで原子爆弾リトルボーイが炸裂する。

爆心地周囲のほとんどの建物が全壊した中、上空からほぼ垂直に爆風を受けたことや、窓が多いため爆風が吹き抜けたことなどにより建物中心部あたりは損壊を免れ、数少ない被爆建造物として残ることに。


広島平和記念資料館の展示の様子 筆者撮影

 

爆心地付近の爆風の風速は秒速300m、爆心地から500m地点で風圧は1m2あたり11トンに達したと考えられている。また炸裂後の温度は3000〜4000℃という高温(太陽の表面温度が約6000℃と言われている)に達し火災を引き起こした。

8月7日未明に当時のアメリカ大統領トルーマンが発表した声明で「太陽のエネルギー源になっている力が極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれた」と述べている。

この爆弾の威力は核分裂によるエネルギーを利用したものであり太陽で起きている核融合とは違うと思われるが、いずれにしても原子核が分裂や融合をする時に放たれる莫大なエネルギーを利用している。

中性子がウランにぶつかって分裂した時に質量欠損が生じる。この欠損した分の質量がエネルギーに変換されて放出されるのだが、この時のエネルギー量はアインシュタインが発見したE=mc2の式であたえられる。高速は3.0×108[m/s]でかつ多数のウランの原子が次々と連鎖反応するため莫大なエネルギーとなる。これが極短時間に一気に放出されるのが原子爆弾ということになる。

映画「オッペンハイマー」では最先端の科学を駆使して作ったものが大量殺戮兵器だったことに苦悩する科学者の姿が描かれている。確かに質量とエネルギーの関係がE=mc2となるということは天才でなければわからない。

皮肉なのは莫大なエネルギーを取り出す理論と方法はわかったけれども、それを制御しきれないというどうしようもない現実が同時にそこに存在しているということ。

強すぎる火は天才であっても制御できない。制御できないからこそ最初から大量殺戮兵器として利用される運命だったのだろう。原子力発電により生み出される使用済み核燃料が冷やし続けないと水素爆発を起こすことも核エネルギーを人類が制御しきれないことの証左だ。

大きくなった山火事を消せないのと同じ話で、科学者がどれだけ苦悩しても一度作ってしまったが最後、この世の最強の武器を人類が手放すことはもうできない。

そして広島には、そんな科学的なうんちくも科学者の苦悩する姿も霞むくらいの惨状が存在した。広島平和記念資料館の展示を見れば、アメリカ人が何を広島の同胞の上に落としたのかよくわかる。

爆弾が落とされた時に原爆ドーム内にいた人達は全員亡くなった。爆心地近くで石畳に座っていた人は一瞬にして蒸発し、影だけを石畳に残した。

全身火傷を負い、肌が焦げて黒くなった人達が水を求めて川に向かう。爛れた肌が重力に負けて指の先から垂れ下がる。

大量のガラスの破片が背中や後頭部に突き刺さって力尽き動かなくなっている人もいる。

その日、いつもと同じ朝を迎えていたはずの一般市民が、女性も子供もお年寄りも関係なく一瞬にして虐殺された。その数は14万人と言われている。とんでもない戦争犯罪が実行されたわけだが、原子爆弾を落としたアメリカ人の彼らはまだ裁かれていない。

 


原爆ドーム  筆者撮影

 


 

 

広島・長崎で行われた人類史上最悪の人体実験の結果、
核兵器は一度使われたら大きすぎる被害を及ぼす
ということだけは認識されています。
そしてそのために、欧米諸国は
核大国ロシアの
報復を恐れて
ウクライナに対して中途半端な支援しかできず、
結果、ウクライナの被害は増え続ける一方です。

結局のところ、核兵器は大きすぎる被害を及ぼす
ということがわかっているからこそ、
現代では自国の防衛のためには必要となるのです。
二度も落とされた日本にとってはなおのこと。

原爆を落としたアメリカに対する怒りを忘れては
いけないのと同時に、この皮肉な現実も
認めなければいけないわけです。

 

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