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2025.4.19 17:18

~光る君へ~愛子さま立太子への祈念と読む「源氏物語」第37回 第三十七帖 <横笛 (よこぶえ)>byまいこ

~光る君へ~

愛子さま立太子への祈念と読む「源氏物語」

第37回 第三十七帖  <横笛 (よこぶえ)byまいこ

 

 

愛子さまは昨年4月14日に皇居で行われた雅楽の演奏会を初めてお一人で御鑑賞されました。ユネスコ世界無形文化遺産にも登録されている宮内庁楽部による「雅楽」の映像には、「光る君へ」で一条天皇が吹いていたような横笛が演奏される様子も映されています。

https://news.ntv.co.jp/category/society/c33e64b494b94df9ba574c7ca42818a7

 

「枕草子」に「笛は横笛、いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆくも、をかし(笛は横笛がとても風情がある。遠くで聞こえている笛の音が、だんだんと近づいてくるのも、心惹かれる」「暁などに、忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける、見つけたるも、なほをかし(明け方に、男が置き忘れていった素敵な笛が枕元にあるのを見つけるのも、やはり風情がある)」と記述されているのは、清少納言が仕えた定子を寵愛した一条天皇が横笛の名手だったからでしょうか。枕元に置き忘れた笛のさり気ない描写も艶で、実際のことだったのか、想像上のことを書いたのかも気になるところです。

 

今回は、楽の音が心ときめかせるさまをみてみましょう。

 

第三十七帖  <横笛 よこぶえ(柏木が愛用した横笛を贈られた夕霧の歌より

 

柏木が亡くなって一年。人々はまだ悲しみが癒えません。一周忌には、誦経の布施を行うのとは別に、薫からの供養として黄金百両を寄進する光る君。事情がわからないままに、ただ有り難く感謝する柏木の父・前の太政大臣。夕霧も手厚く法要を行い、落葉の宮の一条の邸にも一周忌の頃には心をこめて見舞いをします。

 

朱雀院は降嫁させた落葉の宮が未亡人となり、女三宮も出家して不本意ながら、俗世に心を煩わせまいと堪え忍んでいます。勤行の際には女三宮も「同じ仏道に励んでいるだろう」と思い、絶えず便りを遣わしている朱雀院は、西山の寺の近くで穫れた筍などを届けました。光る君は朱雀院が女三宮の将来を心配しているのを気の毒に思います。美しく可憐な女三宮を見て「なぜ出家させてしまったのだろう」と仏罰を蒙りそうな気になる光る君は、几帳を隔てつつ、よそよそしくならないように世話をしています。

 

乳母のそばで寝ていた薫が起きて這い出てきました。光る君の袖を引っ張ってまとわりつく様子は、とても可愛らしく「柏木は、これほど美しくはなかったのに、どうしたことだろう。女三宮にも似ていない。今からすでに気高く、普通と違う有り様は、鏡に映る私の顔に似ていなくもない」と光る君は思います。

 

歯が生えかけてきたので、物を噛もうとして筍を握りしめ、涎で濡らしながら齧る薫に「おやおや、おかしな色好みさんもいたものだ」という光る君。

 

憂き節も忘れずながらくれ竹の こは捨てがたきものにぞありける 光る君

あの嫌な出来事は忘れられないながら 呉竹のように可愛いこの子は捨てがたく思われることだ

*呉竹 呉から渡来した竹 鑑賞用に清涼殿の東庭にも植えられていた

 

光る君が抱き取って歌を詠みかけても、薫は笑って何もわからないまま、膝から這い下りて遊ぶばかりです。

 

夕霧は、亡き柏木が臨終の際に「光る君と行き違いがあったので、何かの折に取りなして下さい」と言ったことを、心ひとつに納めつつ、光る君に事情を尋ねてみたいと思っています。

秋の夕暮れで、何となくもの寂しい頃、夕霧が一条の邸を訪ねると、落葉の宮はしめやかに、琴などを弾いているところでした。落葉の宮の母・御息所と亡き柏木のことなどを話しつつ、夕霧は明け暮れ人の出入りがあって騒がしい三条の自邸に馴れているので、一条の邸の静かで落ち着いた様子に風情を感じます。

 

夕霧は琵琶を取り寄せて「想夫恋(そうふれん 雅楽の曲名 男性を慕う女性の恋情を歌う曲とされる)」を奏でて「御心のうちを察したように弾いて恐縮ですけれど、この曲ならば、何か一言、いただけるかと思いまして」と御簾の内に訴えかけますが、落葉の宮は「想夫恋」であるだけに、なおさら返事はしないまま、物思いに沈んでいます。

 

言に出でて言はぬも言ふにまさるとは 人に恥ぢたるけしきをぞ見る 夕霧

言葉に出して言わないのは言うよりも深い思いがあるからと あなたの慎ましい御様子からお察しいたします

 

「想夫恋」の終りの方を少し弾き、落葉の宮は歌を詠みました。

 

深き夜のあはればかりは聞きわけど 琴よりほかにえやは言ひける 落葉の宮

あなたの弾く想夫恋に 秋の夜の深い悲しみは聞き分けられても 琴を弾くよりほかに何を言えましょうか

 

「今宵の風流な音楽の愉しみは、亡き人も咎めないでしょう」などと御息所は言って、柏木が愛用していた横笛を夕霧に贈ります。「自分も、この笛の本当の音色を出して吹きこなすことはできない。何とか大事にしてくれる人に伝えたい」と柏木が折々に語っていたのを思い出しつつ、夕霧は試しに吹いてみるのでした。

 

横笛の調べはことにかわらぬを むなしくなりし音こそ尽きせね 夕霧

横笛の調べは昔とそれほど変わらないけれど 亡くなった人を偲んで泣く声は尽きることはありません

 

夕霧が立ち去りにくくなるままに、夜は更けてゆくのでした。

 

三条の自邸に夕霧が帰ると、格子(格子状の板戸)などを下ろして皆、寝ていました。夕霧が落葉の宮に執心していると女房に知らされた雲居の雁は、帰宅の物音を聞きながらも、寝たふりをしているようです。夕霧は女房に格子を上げさせたり、自分で御簾を巻き上げたりして「こんなに美しい月夜に、のん気に夢を見ている人があるものか。少し端近に出てごらん。ああ詰まらない」と言いますが、雲居の雁は機嫌が悪く、聞こえないふりをしています。

 

夕霧と雲居の雁の間に生まれた子供たちが、あどけなく寝ぼけている気配があちこちに、女房たちも大勢、込み合って寝ていて、人気が多く賑やかなのは、先ほどまでいた一条の邸の物静かさと比べると、あまりにも違います。夕霧は横笛を吹きながら「一条の邸は私が帰った後も物思いに沈んでいることだろう」「それにしても柏木は、なぜ落葉の宮を深く愛さなかったのだろうか」「もし逢ってみて、器量が悪かったら気の毒なことになるだろう」などと考えています。夕霧は自分たちの夫婦仲が浮気沙汰などもなく、睦まじく過ごしてきた年月を数えると感慨深く、雲居の雁の我が強くなって思い上がるのも、無理もないと思うのでした。

 

少し寝入った夕霧の夢の中に亡き柏木が現れ、あの横笛を取って見ています。

 

笛竹に吹き寄る風のことならば 末の世長きねに伝へなむ 柏木

吹き寄せる風のようにこの笛を慕ってくる人よ 同じことなら笛の音を私の根・子孫に末長く伝えて欲しい

 

「あなたではなく、別に伝えたい人があったのです」と言う柏木に、それは誰かと尋ねようとすると、近くで寝ていた子供が夢におびえて泣く声がして、夕霧は目が覚めました。雲居の雁は、ふっくらとした胸をはだけて、乳は出ないながら気休めに子供にふくませます。「あなたが若者のように浮かれて出歩いた上に、夜更けに月を眺めようと格子を上げるから、物の怪が入ってきたのですわ」などと、若々しく可愛らしい顔で恨みごとを言う雲居の雁。子供は一晩中、むずかって泣いていました。

 

夕霧は横笛への執着がわかる夢を思い合わせて、柏木の墓所や帰依していた寺などで誦経を上げさせますが「御息所から贈られた笛を寺に寄進してしまうのも張り合いがない」と考えて六条院を訪れます。

 

光る君は、明石の女御の部屋にいたところでした。三の宮(明石の女御の産んだ第三皇子)は三歳くらいで、明石の産んだ皇子たちのなかでも取り分け美しく、紫の上が引き取って養育しています。御簾の内から走り出てきた三の宮を、夕霧が抱いて母の女御の部屋に連れて行くと、兄の二の宮と薫が遊んでいて、光る君があやしていました。夕霧は「まだよく見ていなかった」と思って薫を見ると、目尻が切れ長で美しく、口もとが華やかで笑った表情は柏木と瓜二つで、光る君は気づいているのではないかと思います。

 

夕霧は光る君と東の対へゆき、昨夜の一条の邸での様子を伝えます。「落葉の宮が『想夫恋』を弾かれたのは、風情があるけれど、やはり女性は人の心を動かすような嗜みがあっても、人に見せない方が良いと思い知らされることが多いものだ。亡き人との友情を忘れず、長くお世話をしたいという気持ちを分かってもらっているならば、潔白な心で付き合って過ちのない方が、お互いに無難だと思う」などと光る君は言いました。

 

「なるほど。人に教える時は強気で仰るけれど、ご自分の好き心は如何なものか」と夕霧は思いつつ「過ちなど起きるものですか。亡き人への友情から世話をしているので、急にやめたとしたら、かえって世間から疑われてしまうと思って通っているのです」なとど話すうちに、柏木が夢で語っていたことを伝えると「その笛は、こちらで預かるべき訳のあるものなのです。それは陽成院(陽成天皇 869 – 949年)の笛で、故・式部卿宮が頂いて大切にしていたものを、柏木が子供の頃から人とは異なる素晴らしい笛の音色を出すのに感心して与えたのですよ。御息所は深い由緒を知らずに、あなたに渡したのでしょう」と光る君は語ります。

 

夕霧がさらに「柏木が臨終の際に父君に『深くお詫びしなければならないことがある』と繰り返し言っていましたが、どういうことだったのでしょう」などと言うので、光る君は分らないふりをして「人から恨まれるような様子を見せたつもりはなかったのだが。それはそれとして、夢のことも考え合わせてから話しましょう」と応えるのでした。

 

***

 

不貞の妻が産んだ子供を育てるコキュとしての光る君は49歳。美しい薫が「鏡に映る私の顔に似ていなくもない」と思う光る君、自信家のところは変わらないようですね。

 

亡き友人の妻に思いを寄せ始めた夕霧は28歳。光る君が28歳の頃は、すでに華々しい恋をくぐり抜け、明石にいましたが、夕霧の浮気沙汰は、惟光の娘・藤典侍を除いては初めてのようです。

 

物静かな一条の邸と、賑やかな三条の自邸の対比、鮮やかですね。雲居の雁など可愛い方で、やっと寝かしつけた子供を、帰宅した夫が起こしてしまい、怒髪天を衝いた方、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。夕霧より2歳年上の雲居の雁は30歳。前の太政大臣の娘で乳母がいるため授乳はしなかったとしても、むずかる子供に胸をはだけるのは、「夫婦の絆」で不安で眠れない一郎のために蜜子が一肌脱ぐところに重なります。

 

「光る君へ」第25回、公任(町田啓太さん)が一条天皇と定子の前で横笛を吹く場面がありました。柏木の横笛は、陽成院から伝えられたものと光る君が明かしていましたが、実際に陽成院が太政大臣・藤原頼忠に贈り、頼忠の長男・公任に伝わった横笛の記録があるとのこと。

 

公任は和歌、漢詩、管弦に優れた才人で、父は太政大臣にも関わらず、権大納言止まりだったのは、姉の遵子が円融天皇の皇后に立った際に、道長の姉・円融天皇の女御である詮子のいる邸の前で「この女御は、いつか后には立ちたまふらむ(こちらの女御は、いつ立后されるのかな)」などという失言をしたからでしょうか。遵子に御子は生まれず、詮子が後の一条天皇を生んだのは皮肉で、公任と同い年の道長は天皇の外戚となって位人臣を極めました。

 

柏木も六条院の催しの際は常に呼ばれるほどの才人でしたが、密通で光る君に睨まれ、権大納言止まりの32歳で世を去りました。公任は75歳と柏木の倍以上、長生きしましたが、34歳の時に円融天皇が譲位し、天皇の外戚になる可能性が無くなりました。「若紫はおいでかな?」と紫式部を揶揄ったこともある公任、才あれど、少し残念な男性が大臣以上にはなれない様は冷徹に、物語に取り込まれたのかもしれません。

 

 

【バックナンバー】
第1回 第一帖<桐壺 きりつぼ>
第2回 第二帖<帚木 ははきぎ>
第3回 第三帖<空蝉 うつせみ>
第4回 第四帖<夕顔 ゆうがお>
第5回 第五帖<若紫 わかむらさき>
第6回 第六帖<末摘花 すえつむはな>
第7回 第七帖<紅葉賀 もみじのが>
第8回 第八帖<花宴 はなのえん>
第9回 第九帖<葵 あおい>
第10回 第十帖 < 賢木 さかき >
第11回 第十一帖<花散里 はなちるさと>
第12回 第十二帖<須磨 すま>
第13回 第十三帖<明石 あかし>
第14回 第十四帖<澪標 みおつくし>
第15回 第十五帖<蓬生・よもぎう>
第16回 第十六帖<関屋 せきや>
第17回 第十七帖<絵合 えあわせ>
第18回 第十八帖<松風 まつかぜ>
第19回 第十九帖<薄雲 うすぐも> 
第20回 第二十帖<朝顔 あさがお>
第21回 第二十一帖<乙女 おとめ>
第22回 第二十二帖<玉鬘 たまかずら>
第23回 第二十三帖<初音 はつね>
第24回 第二十四帖<胡蝶 こちょう> 
第25回 第二十五帖<蛍 ほたる>
第26回 第二十六帖<常夏 とこなつ>
第27回 第二十七帖<篝火 かがりび>
第28回 第二十八帖 <野分 のわき>
第29回 第二十九帖 <行幸 みゆき>
第30回 第三十帖 <藤袴 ふじばかま>
第31回 第三十一帖<真木柱(まきばしら)
第32回 第三十二帖<梅枝(うめがえ)>
第33回 第三十三帖<藤裏葉(ふじのうらば)>
第34回 第三十四帖<若菜上(わかなのじょう)>
第35回 第三十五帖<若菜下(わかなのげ)>
第36回 第三十六帖<柏木(かしわぎ)>

 

 


 

 

この帖は、既に亡く、ここにいない柏木がほとんど主役になってるんじゃないかと思えるほど、柏木の存在とその死が全ての登場人物に対して影響を及ぼしていくところが面白く感じました。
これまで浮気沙汰もなく雲居の雁との夫婦仲もよかった夕霧が、柏木の死によって未亡人になった落葉の宮に惹かれて、気を引くのに「想夫恋」を弾くというのもいかがなものかという話ですけど、それをどのツラ下げてか光る君がたしなめて、それをまた夕霧が内心ツッコミを入れながら聞いているというのもなんとも可笑しいです。
それにしても、この笛を託されたことには、相当に重たい意味がついてきたようですが、どうなりますやら。

次回もどうぞお楽しみに!

 

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