ゴー宣ネット道場

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みなぼん
2010.8.31 05:06ゴー宣道場

「自己研鑽の場」が、何故 “ 靖國神社 ” なのか?

よしりん先生の登場です絵文字:重要絵文字:キラキラ



高森さんが「棚上げ」にはしない
という意思を表明されたので、もう少しやりましょうか。

「あくまでも『あさなぎ』は運動ではないぞ」

これが高森さんの主張ですね。

では一体、何なのかな?

「あさなぎ」の先行例である
明治神宮の「響」はNPO法人です。

環境団体的な要素があって、
世界に向けて日本の価値を発信したり、
人材を育てたりするのが目的のようです。

NPOは民間非営利で、
社会活動に従事する組織です。

「響」もやはり「運動」ですが、全然悪くないですね。

高森さんは
若者の自発性を強調していながら、
「あさなぎ」の場合、独立の組織でもなく、
崇敬奉賛会と同一の組織だと言っておられます。

「あさなぎ」の主な活動内容は
「部員相互の研鑚及び親睦」
「靖国神社への奉仕活動」に尽きるらしい。

「まず自分たちの未熟さを自覚し、研鑽に努めよう」
としている組織だと高森さんは仰います。


つまり、
完全に自己完結した組織であり、
運動ではない何かしら気高いことを
やっている集団なのだと
主張されているようです。

そこですぐ浮かぶわしの疑問はこうです。

「部員相互の研鑚及び親睦」なら、
まず自分の地域や大学や会社で
やればいいのではないかな?

「靖国神社への奉仕活動」よりも、
まず自分の地域の神社や公共に奉仕するのが
自然ではないかな?


つまり「現場」でやれることばかりですよね。

「まず自分たちの未熟さを自覚し、研鑽に努めよう」
というのも、とてつもない真面目さだなと思います。

わしは瞬時に
「純粋まっすぐ君」という言葉が
浮かぶんですね。

「自分たちの未熟さを自覚し、研鑽に努めたい」
と言うのなら、似た者同士でやるよりも、
もっと効果的な方法がありますよ。

わしの学生時代のように、
肉体労働のバイトでも
すればいいじゃないですか。

社会人もいるのなら、
そんなことは靖国神社でなくても、
「現場」でできますよね?

生産に関わる現場で、
自分とは全く違う境遇の人間と付き合いながら、
労働をすればいいじゃないですか絵文字:重要

わしは10代、20代、30代を、
「現場」で戦いながら、
何度も「自分の未熟さを自覚し」、
奈落の底に突き落とされ、
そこから這い上がるために、
「自己研鑽」を積んできましたが?

靖国神社でお茶配りしてる若者に
「彼らはべき論を超えている」などと、
高森さんは褒めあげていましたが、
薬害エイズ運動で
わしが若者を煽てあげて
扇動した様子に似ていますね。

「行動する保守」「ラジカルな保守」も、
そのように扇動されて、
等身大の自分に
下駄を履かせられてしまっています。

高森さんは、
「運動」は社会的な目的を達成するために
人々に働きかける事であり、
「あさなぎ」にはそのような
社会的目的はないと言っています。

つまり「あさなぎ」は、
自分の共同体から離脱した場所での、
生産を伴わない奉仕活動
ということになります。

わしは、「あさなぎ」は
靖国神社を守るための社会的行動であり、
自覚的な「運動」だと思っていました。

だから必要だと思っていたのです。

そうでないなら考え直さなければならない。

高森さんの説明では、
どうしても「あさなぎ」の若者が
「自分探しの若者」に見えてしまうのですよ。

純粋なこと、邪心のないことを
強調されればされるほど、
オウム真理教やヒットラーユーゲントを
思い出してしまうんですよ。

「あさなぎ」の若者は、靖国神社を
国家に代わって守る『運動』をやっている。

こういう理解ではいけないのですか?


彼らは英霊への情に篤い、
ナショナリズムの強い、
歴史感覚に目覚めた者たちなのです。

「自称・共産党員の若者も一名入ってたもん」
などと高森さんは言ってますが、
そいつは冗談でもかましたんでしょう。

これは
近代国家の要請として作られた靖国神社の、
特殊な性格に起因する問題だと思います。

本来は、国家が神道のままに
靖国神社を護持しなければならないのです。

国家にとって必要な神社であるにも関わらず、
国家が護らないから、
民間人が「運動」で守るしかなくなっている
絵文字:重要

腑甲斐無いのは国家なのです絵文字:重要

高森さんが
「あさなぎ」は邪念なき純粋な者たちの
自己研鑽の場などと言うから、
わしは気色悪いと思ってしまうのです。

わしの感覚がおかしいのかなと思って、
宮城教授やわしのスタッフにも聞いてみましたが、
全員、同じ意見でした。

「純粋まっすぐ君」だと言うのです。

誤解はますます拡がっていますが?

笹さんの「遺骨収集運動」は
かなり自覚的ですよ。
関わる者に
「自己愛集団」にならぬよう戒めています。
だからこのブログで
募集してもいいよと言ったのです。

「あさなぎ」が「運動」でないなら、
「ボランティア」でもかまいませんよ。


“  なぜ靖国神社なのか  ”
 

という問いから
逃げないでほしいですけどね。

わしは靖国神社を
「運動」と自覚して守って欲しい
と思っています。

「身を修め、現場で戦う覚悟をつくる、公論の場」

これが『ゴー宣道場』の指針です。

『ゴー宣道場』だって
社会的目標はあるのだから、
運動と言われたって構わない。

「何が何でも運動ではないぞ」
などと言いませんよ、わしは。

だからこそ上の指針を作ったのです。

会員のメーリングリストを見てみたら、
主婦はとてつもなく
リアリズムに徹した方がいらっしゃるし、
男どもは「小林よしのりに抱かれたい」
などと言ってる阿呆がいる始末で、
毎月「場外乱闘」と称して酒飲んでるようです。

まぁ、
「純粋まっすぐ君」にはならないようなので
安心しましたよ。

「日常」と「非日常」、「現場」と「運動」、「公論」と「世論」

このような概念の仕分けに
これからも敏感であらねばならないと、
わしは思っています。

みなぼん

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