ゴー宣ネット道場

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みなぼん
2010.9.15 03:26ゴー宣道場

「身捨つるほどの祖国はありや」

『第6回・ゴー宣道場』について、
よしりん先生からのメッセージです
絵文字:星絵文字:星



道場のあとに書いてもらったアンケートの中で、
加藤紘一議員に伝えたい
参加者の感想を紹介します。

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地域(コミュニティ)のつながりの重要性について
  共感が持てました。また青年外交官時代に台湾に
  語学研修に行った時の話は非常に興味深く、
  いわゆる保守系が言う「親中派」議員と言うよりは、
  現在の中国の危機的な状況をよく知っているので、
  「知中派」議員だなと感じました。 <30歳・男>

加藤氏の道州制反対論に全面的に賛成します。
  「血が通う人と人との付き合いがなければ
   パトリオティズムが生まれない。
   パトリオティズムからナショナリズムが生まれる。
   『学区』や少年スポーツ団こそパトリオティズムが
   醸成されやすい」
  というお話はよくわかりました。 <32歳・男>

小さい頃から村のスポーツ少年団や育英会で
  思いっきり世話になり、育っていった子が、故郷を離れ、
  大学に行き、今年故郷に戻ってきました。
  研修を積んでから今まで世話になったこの地の方々に
  恩返しをしたいと本気で(自然に)思っているようです。
  共同体を大切にし、育てていくのは各家庭に始まり、
  近所、村、学校・・・日常を積み上げ、
  「切り離す言葉を減らす」ような心を持ち続けることだと思います。
  村では今もずっとそういう繋がりが続いています、実際に。 <56歳・主婦>

地域再生方法として小学校の「学区」を使うという案に、
  とても興味を持った。自治会の力が少なくなる一方、
  「学区」単位の人と人の付き合いは、大きくなっている気がするので、
  実現可能だと感じました。実際、私がよく付き合っている家族は
  「学区」内の人ばかりなのです。 <39歳・主婦>

意外と地域再生を願うところなど自分と共通するところが
  あることに驚きました。「県」があまり機能してない事が
  お話から理解できました。
  自分の「県」がどんな仕事をしているか調べます。 <28歳・男>

公立小学校区「学区」を「ふれあい単位」とするという
  お話は面白いなと思いました。中国の核実験成功を喜ぶ
  台湾本省人の話がショックでした。 <33歳・男>

具体的な「共同体の再生」の方法と、なぜ崩壊してしまったのか、
  背景を知ることができ、とても勉強になりました。 <36歳・女>

加藤氏の近代における共同体に対する深い考察が伝わってきた。
  「学区」を基点に共同体を再興していく点、道州制に対する
  問題に関しては全く同感であった。歴史観では合わなくても、
  近代以降の国のあり方を真剣に考えていることは伝わった。 <20歳・男>

今までの加藤氏に対してのイメージがかなり変わりました。
  「中国寄りのリベラルの人」というだけではない事に気づけたのは
  良かったと思います。自然や郷土に対しての考え方には、
  同じ東北の人間として共感できる部分がかなりあった。 <33歳・男>

小林さんとの対談などを読むまでは、加藤氏はゴリゴリのサヨクで、
  変わりようもないのかと思っていましたが、
  小林さんの『天皇論』を薦めるなど、
  非常に柔軟に変わりつつあるのかもしれません。 <37歳・男>

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今回の参加者の道場後の反応を見ていて
面白いと思ったのは、
加藤氏の郷土再生案の「具体性」
わかる人と、わからない人の差が
歴然と出てしまったことです。

わしは『ゴー宣道場』の参加者に、
これほど郷土再生というプランが
「ノスタルジー」にしか感じられない
「近代主義者」が多いとは思わなかった。

子供を育てた主婦は、
「学区」で繋がる共同体の有効性を
「具体的」に実感できています。

そこは自治体のように年寄りが長老化して、
都会から帰省した若者を
圧迫するような構図が成り立ちにくい。

子供を育てるための共同体だから、
常に若返る必然性を持っているわけです。


これをリアルに感じられないのは、
地域に関わっていない
個人主義者が多いからです。

砂粒の個として都会に生きているからです。

「独身の男性」、「独身の女性」、
そして「結婚していても地域に関わらない男性」、
これらが「ふれあい学区制」と言っても、
何のことかわからない。

「郷土再生なんかノスタルジーだ」
「時代を逆に戻すようなものだ」
と思うのは、
近代主義者だからです。

奇妙なことに、
加藤氏と主婦が「保守」であり、
郷土再生なんかノスタルジーだと
はねつける者たちが
「リベラル=自由主義者」なわけですね。

加藤氏は自分をリベラルと言ってますが、
実は「共同体主義者(コミュニタリアン)」であり、
「保守」です。

一方、郷土に価値を見い出さず、
国家のみ強くなるべきだと考える人は、
「リベラル」であり、
「パトリなきナショナリスト」です。

さらに面白いことに、
この「ふれあい学区制」を語らせたら、
滔々と語り始めるのが、
20代の秘書みなぼんです。

みなぼんは加藤氏のプランが
リアルにわかるそうです。

彼女自身がスポーツ少年団の体験もあるし、
「学区」を主体にした
地域活動をやってたからです。

みなぼんの友人は都会から郷土に戻るのに、
敗北感など感じないそうです。
戻った友人たちは、
かつての地域活動の先輩として、
自然に「学区」を主体にした
地域活動を担っていくらしい。

実は今の若者の多くは、
都会に憧れ、郷土を忌避するという性質を
持っていないのです。

このことが古い世代の人は
まだわかっていない。

もう、若者の性質は
変化してしまっていることに
気付かないままなのです。

未だに高度経済成長や、
バブル経済のときの感性で、
止まってしまっている人が、
『ゴー宣道場』の参加者にもいる。

わしはといえば、
郷土を捨てた「個人主義者」であり、
「自由主義者」としての
自覚と慙愧の念を持っています。

当然、
自分自身が「保守」を体現する生き方を
しているとは思っていないから、
「単なるヤクザもんです」と言っている。

だが、
わし自身がどこで育てられたか、
わしの「活力」を醸成した所が
どこかは知っています。

福岡という郷土が、
地域の共同性が、
わしを育てたのです。

東京とても、
その例に漏れるはずはありません。
例え神社や森や田んぼはなくとも、
ご近所はあったはずですし、
町内会や学校区はあったでしょう。

そして人間の活力は、
「家族」や「地域」という共同体でしか
醸成されないということを、
わしはわかっています。

そこをわかるかどうかで
加藤氏の評価は分かれてしまうでしょう。

わからない人は
「加藤氏は親中派だからな」
という “ 保守論壇的な紋切り頭脳 ” に戻ってしまい、
「坊主憎けりゃ袈裟まで」で、
全否定して自分を納得させようとする。

自己欺瞞です。

「加藤氏は憲法改正を言わなかったではないか」

それが何か?

「加藤氏はやっぱり中国が好きなんだ」

知らなかったの?

加藤氏は

「地域ふれあい単位制」
「ふれあい学区制」

というプランを出しました。

これは人を土地から引っぺがして流動化させ、
消費者としての個に分解する近代化の
大きな流れを逆転させる発想です。

道州制が地域再生とは信じられません。
大枠で括って郷土色をなくすだけにしか思えません。

さて、あなたはどうするんですか?
「べき論」に留まるんですか?

郷土消滅、共同体崩壊のままにまかせておいて、
憲法改正をしましょうと言うのですか?

そのための国民の活力は
どこから出すのですか?

「身捨つるほどの祖国はありや」

そう言いたくなりますね。

みなぼん

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テーマ: 「『コロナ論』が炙り出したもの」

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