ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.1.29 04:13

「若者と進路」今昔

       昨日は僕が通っていた高校で「卒業生と語る会」というものがあり、高校二年生と話してきました。
  
  彼らが進路について考えるとき、その条件が僕の世代とは大きく変わっている部分に気づきました。

  いま40代後半である僕の世代では、少なくとも男子に関して言えば大学に進学するならば四年制がよく、あまり自分の意見とかを前面に押し出している子は企業からすれば面倒臭がられるので、出来るだけニュートラルな態度の方が就職でも受けがいい・・・・・・というような空気があったと思います。

  しかしいまは、とにかくなんでも「これが自分のやりたいことで、ひいてはこれを勉強したい」と強く主張する子の方が印象に残るし、アピール出来る時代になったのだと、高校の先生が言っていました。
  進路については大学に入ってからゆっくり考えればいい・・・・・・という考え方では、通用しなくなっているというのです。

  そんな中で生徒一人一人と話したのですが、それぞれの親の考えも違い、戸惑っている子も目立ちました。
  どんな学校に進学するにせよ、親の援助が必要だと判断する場合、自分の態度がまず親を説得できるものになっているかどうか、考えているというのです。

  A君は、「やりたいことが明確になっていないと上の学校には行かせてやらない」と親から言われ、悩んでいました。
  B君は、自分のやりたいことは絞られているのだけれど、いまはそこに絞って他の可能性を狭めるよりも、四大に行った方がいいと親に言われ、どう説得しようか考えているとのことでした。

  B君の親御さんは、僕の世代で主流だった価値観に近いと思います。ひょっとしたら僕と同世代ぐらいの親御さんなのかもしれません。

  迷っている渦中の子たちに、何を言っていいか困惑しました。

  『修身論』の中で、十代の小林よしのりさんが、高校の先生から「漫画家のアシスタントもいいが、とにかくいまは本を読む時間を作れ。大学に行け」と言われた時のことを書いていますよね。
  漫画家になるにせよ、社会に出る前に情操を育てることの総決算として自己鍛錬に集中する時間を作れ、というのはまっとうな指摘だと思います。
  その先生が普段から高校生時代の小林さんと接して、創作への志を感じ取ったからこそ、いまはそうすべきだと確信を得たのでしょう。

  しかし、今日会ったばかりの高校生に、何を言えるというのでしょう。うっかりいい加減なことは言えません。
  僕はいま大学の講師をしていますが、僕の周囲にも、大学で得た自由時間をただ無為に過ごしてしまったり、またそうすることに耐えられなくて大学自体をやめてしまった学生もいました。
  いまは大学を中途退学する率が非常に高まっていると言います。そういう若者が、大学とは違う道を見つけ、確信を得たのならいいのですが、ただなにもかも意欲を持てないと意識が挫かれてしまうだけなのだとしたら、問題です。

  小林さんにアドバイスした高校の先生は、大学に入って得た自由時間をただ無為に過ごすような若者ではないと小林さんを見て判断したのでしょう。自由の「幅」すらも武器にする器を持った若者だとその先生は信じたからに違いありません。
  自由時間を使いこなすのも「強さ」が必要なのです。

  どう答えようか迷っていた僕の脳裏に、昔大学の先生が「<生徒>と<学生>の違い」について言っていたことが蘇りました。
  「あなたたちはもう<学生>なのだから、自立心を持ちなさい」とその先生は呼びかけていました。

  小学生から高校生までの<生徒>という段階では、多少中での選択肢はあるにせよ、基本的には決められたカリキュラムに沿って行動する。対して<学生>は、卒業するまでの単位数や必修枠などある程度の条件の中、自分でカリキュラムを立てて四年間をプロデュースしていく。

  後者の方が自立した大人扱いを受けていると言えます。
  
  しかし、それは自分の目的や成長、向き不向きに合わせて考えてもいいのではないかと思うのです。
  
  そして特定の職種につくために用意されたカリキュラムをこなしていく専門学校では、<生徒>であることの比重が比較的高いでしょう。 
  
  そういう話をしたら、B君は言いました。「自分はとにかく身につけたいことがあって専門学校に行くのだから、その二年間は<生徒>であって構わない。親と話してみます」と。

  B君がこの後どんな道を行くのかはわかりません。しかし親御さんと話す時、一歩先に話題を進めることは出来るのかもしれないと、思いました。

  自分の道を決めるのは、結局は親ではない。しかし親が立ちはだかることもまた、自分自身胎を決める契機にすることが出来るかもしれません。そして「この学校に行っておけば大丈夫」と思うのではなく、それを使って何をするかを考える時代になったのは悪いことばかりとは言えないでしょう。

  いまの若者は、上の世代から「覇気を持て」「ハキハキしろ」と叱られることが多いと思います。一見して積極性のない子も多い。
  上の世代からすれば、「ツカミOK」の若者の方がアピールするので、物足りなくも思えます。

  しかし一人ひとりと話していると、ちゃんと現実を見つめ、出来ることと出来ないことを自分自身で考えようとしていることが伺えます。
  第11回ゴー宣道場「若者の現実と夢」でも、未来に向けての若い人の意見を聞きたいと思います。
  来月2日までまだ応募可能ですので、ぜひ皆さんふるってご参加ください!

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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