ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.3.22 02:48

デオドラント化した「震災」

昨日有本香さんの『夕方6時です』動画収録に立ち会わせていただきました。

有本さんが震災後に出会った大阪の地の人たちは、エネルギー調整には役に立たないと
分かった上で「喪に服す」ために電気を暗くしていたそうです。そのことに感動したと
有本さんが語っておられました。小林さんも、そしてもちろん僕も同じ思いを口にしま
した。
「自粛ムード」の事例ではなく、人々の間に自然にわきあがった「祈り」を感じました。

昨日のブログの『「諦観」を織り込む「強さ」』という言葉に着目してくださる方がいらして、
何人かの方には意図することが伝わったと思いました。

小林よしのりさんが「道場生の居ない道場」で語られた「諦観」という言葉に、
僕もハッとさせられました。
「決死の覚悟」なんていうものではなく、脆さに対する諦観を織り込んで今日を生きて
いる人の「強さ」はあるのではないかと思ったのです。
それを肯定的に見ることは、安手のセンチメンタリズムではなく、いまを支える思想
と思います。

ただ昨日有本さんが、災害報道の映像自体から、傷ついたり亡くなっていたりしている
「人」が消され、データと証言でだけ被害が伝えられるありように危機意識を抱いてい
るということを聞かされ、これにはうなずかされました。

小林さんが「餓死者が続出している」という仙台の道場生の方の発言をブログで紹介しま
したね。僕がそれを一部引用してツイッターに書いたら、「餓死者のデータがどこにあ
るのか。小林さんに問い質そうと思います」と噛みついてきた人がいました。

この人は「餓死者」という言葉を記号でしかとらえていません。どこかに隔離されて、
食べ物だけ与えられないというような状態ではなく、
地震の複合的なダメージの中で物資が届かず
たとえばお年寄りが亡くなっていることを指すぐらい、
普通わかるのではないかと思います。

それほどまでに被災者の「顔」が見えないということの背景には、未曽有の災害報道に
おいてすら加工されたものしか見せないというデオドラント化した社会が背景にあると
思わざるを得ません。

しかも小林さんが「餓死者が続出している」ということで言いたかったのは、いま具体
的に直接困っている人は誰なのか、なすべきことは何なのか
ということであり、それは
「東京に放射能が来る」という根拠のない風評の煽りとは根本的に違うものです。

自衛隊についても、「軍」の側面を脱色してデオドラント化した「災害レスキュー隊」として受け取っている人々が多いということも話題になりました。
「自衛隊は歴史上初めて人の命を奪うことより救うことが多い軍隊であることに我々は
誇りを持とう」というような転倒した「安手のヒューマニズム」がドサクサに紛れて流
布されるのは問題だと有本さんがおっしゃっていましたが、たしかにそうですね。

そんな想像力を持てない社会の在り方を揺さぶり、その都度実効性のある発言を心がけながら、より根本から思想する言葉を模索するのは、実に大変なことですが、公論を目指すべきものとして心がけようと、小林さん、有本さんとご一緒しながら思った次第で
す。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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