ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.4.24 01:00

被災地を襲う感染症、そして

被災地に取材に行かれた小林よしのりさんが見て、感じたものが『ゴーマニズム宣言』でどう描かれるのか、心待ちにしている切通です。

そんな中、ゴー宣道場第13回『大地震 有事と国民』の動画がUPになりました!


その第二部で発言された、やはり被災地に入られた政治家秘書・Gさんが
「被災地の必須の課題」としてまず挙げた「感染症の対処」という事実は、小林よしのりさんの「ペットボトルの買い占めは鬼子母神」という言葉と実は密接にかかわっていると思います。


水がなければ、手も満足に洗えないのですから。

もちろん、衣類の洗濯も出来ません。下着をくたびれるまではいて、だめになったら捨てるような状態が続きました。女性はオリモノシートが重宝したそうです。


「避難所では、皮膚病が蔓延しています。手足にぼつぼつができるんです。日がたつにつれ疲れて抵抗力も落ちますし、余震のストレスも大きいです。たくさんの人がいる避難所でいろんなものにふれることがあって、でも水が足りず満足に洗えないときもあります。

私も、ピアス穴の血膿みが止まらなくなることがあり、何度も高熱を出しています」


私の友人である作家・泉美木蘭さんのところには、被災した読者からそう連絡がありました。

その人は松島町から仙台市への通勤をしていて、帰宅難民となった方です。


「お風呂にも入れず着替えもないまま、避難所から片道一時間の道を歩いて、とにかく毎日通勤していました。10日もたつと指でつまんでぼろっとめくれるんじゃないかっていうほど垢がたまっていました」

そう彼女は言います(ブログ「木蘭堂・被災地から」」より)。


彼女は自分の家も倒壊しているのに、仮設トイレで同じ避難所に居る老人たちの排泄の世話をしているうちに手がかぶれて感染してしまい、それなのに
ウエットティッシュで体を拭く程度のことしか出来ない状態が続きました。

被災後初めて身体を洗えたのは、なんと今月の4日だというのです。しかもその時でさえ、ガスが止まっていたためにお湯も出ない中、簡単な水洗いしか出来なかったそうです。


木蘭さんは自分の愛読者からのその報告に、直接会って状況を知りたいと、
15
日に東京から被災地に旅立ちました。そして、おりしも小林よしのりさんの運転手を務めた後そのまま現地に残って取材を続けているジャーナリストの田上順唯くんと一時合流、南三陸町と仙台を往還し、被災地の取材をいまも続けています。


その読者の女性とも先週末に会うことが出来て、彼女はいまは避難所と弟夫婦宅をまわる感じなのでもうお風呂も入っているけど、避難所の方を思うと今度は罪悪感でいっぱいになる…とのこと。仙台には宮城県全体から通勤していた方がたくさんいるので、多くの方がいまだお困りとのことです。

「ろくにお風呂も入れず、避難所やネットカフェの椅子で寝て通勤する帰宅難民がたくさんいる。ほかの避難所が倒壊の危険などで使えなくなり、二次避難を受け入れるために若い人から出されてしまい、また難民になる。それで、ローソクで明かりをとる友達の家や、別の避難所を転々と居候してまわって。男性は、ネットカフェの椅子で寝ていたり」


人間として基本的な生活を壊され、長時間風呂にも入れない状態の被災者を襲う二次被害のことは、原発論争や東電叩きに比べて、あまり語られていないのではないでしょうか。


「水が使える家にミネラルウォーターの配布が毎日あって、水のない家には行き渡らないなどの現象がよく起きる。あまったものを集め、困っている知人に送ることはできるが、それだけでは行き届かない。救援の方もいっぱいいっぱい。物資の配布を少しでもこまやかにするアイデアがあれば助かる

 そう彼女は言っていたそうです。


「中東オマーンから福島県南相馬市へ浄水器の大量発注があったというニュースを聞いたとき、すごく気分が明るくなった。こういった形の仕事支援が、日本全体から東北へ来てくれたら」


そんな中でも、その読者の方は、ツイッターで、全国の人々の「
お花見楽しかった」という報告を読んで、不快になるどころか、写真を見て花見をした気分になり、被災地にも必ず桜は咲く、と勇気づけられたとのこと。


木蘭さんは、自らが被災地に入って、その場所から、色づいた世界を求める気持ちがある程度実感できたと言っていました。


<私の脳裏に焼きついて離れない風景があります。

「鯉のぼり」です。

福島県の山間部にある、ブルーシートで屋根を覆った住宅から、とても

大きくて、立派な鯉のぼりが、いくつもいくつもはためいていました。

青空のなか、力強く泳ぐ家族の鯉の姿、私には、それが「希望」の象徴に見えました。

と、同時に、本当につたない言葉ですが、被災地の方々の強い心を感じて、素直に

「かっこいい」

と思いました。>


人々の蘇えろうとする底力が、木蘭さんの中にすっと入ってきたのでしょう。

田上くんも、こう報告しています。


「小林よしのり先生と被災地に入って、ほんとに不思議だったのが、壊滅した街に、鳥居だ、石碑だけが残ってる。そして街の住人の大多数が亡くなった街で、即席の慰霊塔となって、被災者が祈りを捧げてる。灰色の街で、その色彩は、なんとも印象的な光景でした」


これは先述の道場でのGさんによる「神社に大きな被害が少なかった。それは直感で自然と付き合ってきた地元の人たちの智恵なのではないか」という発言とも重なります。

まさにパトリオティズムを象徴する光景といえます。

 

東京での生活を背負っている私は、そこから離れられない自分の「日常」を大切にしながら「非常時の発狂者」もならないように心がけています。

と同時に、彼らによる、今何が必要かという情報と、絶望に打ちひしがれながらも希望をつなごうとする人々の報告をこれからも注視していきたいと思います。


<南三陸町、仮設所にて車中泊。昼間は驚くほど整然とした様子に、自衛隊、警察官、そしてなにより避難所生活を送られている地元の方々の底力を感じる。遺体の搬入もあった。いまはライトを浴びた消防車の姿に大きな安心を感じる。くもった満月>(泉美木蘭)


<皆が皆、それぞれの日常を取り返そうと静かにもがいてる。パッと見の「平静」。そのかげに多くの人々が、心の中で泣き腫らしている。生き残った人々は、なぜあの時大事な人を助けられなかったかと自分を責める。怒りをぶつけるにも相手は「自然」だ。ある種の諦観のなか、人々は「穏やか」に暮してる。>(田上順唯)

http://mokurenizumi.seesaa.net/archives/20110423-1.html
泉美木蘭 Mokuren Izumi 「被災地から」

http://togetter.com/li/124311
フリージャーナリスト田上順唯の東北被災地リアルタイムツイート

福島県郡山市三穂田。快晴の青空にたなびく鯉のぼり! (泉美木蘭さん撮影)

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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