ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.5.13 00:33

人とモノの価値が甦る瞬間 被災地の「思い出捜索」

 東北の被災地に単身入った、私の友人でもある作家の泉美木蘭さん。被災の爪痕のすぐ隣で、あるいはその渦中にありながら自らの仕事を守り、立ち上がろうとしている人々の声を現地から紹介しています。

 その最新レポートでは、自らの家と仕事場が壊され流され、外からは瓦礫と見分けのつかないその場所が救助やボランティアで来た人たちから踏まれてしまうのをやむなしとしながらも、毎日仕事が終わると大切な仕事道具を守るため、真っ暗な壊滅地帯に、ひとり寝泊まりしている内海さんという方に取材しています。

 http://mokurenizumi.seesaa.net/ 

 そんな内海さんがいま友人から差し入れられたLEDライトとともに、心の友となっているのは「週刊誌」だと木蘭さんはレポートします。彼は震災前雑誌などほとんど読まない真面目な職人だったとのこと。「はじめて週刊誌を手にして気分が明るくなった。こういうの、いいもんですね。持ってきてくれた友人に感謝」

木蘭さんは「避難所にいると娯楽がない。本や雑誌、漫画、絵本が味方になるという被災された方の声があります」と、「被災地に本を贈ろう」プロジェクトを現地で取りまとめている方の声をつないでネットで呼びかけました。

現在数千冊の本が集まったため受付を休止していますが、先頃行われた石巻市での第一次の本の手渡しでは、予想を超える多数の人が集まったとのこと。


被災地から遠く離れた東京に暮らす僕は、もし地震で自分の家も仕事場も流されてしまったとしたら、本や雑誌どころではないのではないかとどこかで思っていました。

しかし被災地の人たちにとってはむしろそれが、以前の日常の中で接するよりも色づいた世界に感じられるというのです。


 内海さんの話に戻ります。彼は風や掛け軸、書画・絵画の表装などを手掛ける「表具職人」でした。

「紙のものなら、僕の技術ですべて修復することができる。ここにある作品も修復してみせる」

内海さんの自宅は流されてしまい、ほとんどなにも見つからない。唯一ひろったのは、泥だらけになった中学の卒業証書と、小学生のころに書いた作文だった。

「卒業証書も作文も、紙。必ず修復します。僕はその職人ですから」

会社の壁には、近隣の小学生の書いた習字が内海さんの手によって見事に修復され、立派に掲げられていた。
(泉美木蘭さんのレポートよりhttp://mokurenizumi.seesaa.net/ 

 壊され流された後、救けられること、踏まれること……すべてが同時に起こる「非常時という日常」の中で、「いつまでも避難所で施しを受けているわけにはいかない。自力で働く。そして、俺の技術で作品を修復してみせる」という決意。

木蘭さんのレポートを読んで、人とモノの価値が甦る瞬間がハッキリ浮かび上がりました。


そんな木蘭さんの車での移動を一時期手助けしたのが、小林よしのりさんの被災地取材の運転手として東北入りして以来、現地に残って精力的に取材を続けているジャーナリストの田上順唯くんです。

 田上くんもまた、復興に向け、「皆、泣き顔を隠して、笑いながら日々の日常を取り戻そうとしている」沿岸部の人々の姿に日々接し「その中で見つけた多くの写真が持ち主のもとに帰れず、雨に濡れる様」に胸を痛めたといいます。

 アルバムに貼られた写真が、その人の出稼ぎ手帳とともに一時保管されているのに気付いたり、写真の中の赤ちゃんに、自ら新妻とともに一児を設けたばかりの田上くんは「どんな人生を歩んだのか」と思いを馳せたり、スタジオ撮影の写真に母親と一緒に収まった若い女性に「彼女は今、母親だろうか」と考えたりしていました。

 そうやってひとつひとつの写真を思わず自分のカメラで撮っていたら、ファインダーの中に被災地で出会った見覚えのある顔があり、自衛隊経由で連絡して、流されたアルバムが持ち主の元に戻ったといいます。戻ってきたアルバムに、無邪気なまでに喜ぶ人の顔を見た時のことを田上くんはツイッターで報告してくれました。

 田上くんは自分の責任で、再撮した赤ちゃんや、写真館で撮影された古ぼけた写真の一部を、コメント付きでネットにUPしました。

 そのことに対し、「本人の許可を取って載せたのか」とヒステリックに噛みつくネットユーザーもいましたが、僕はそうやって噛みつく人のバランス感覚の方を疑います。

 平常時の無菌的なプライバシー感覚を杓子定規に当てはめてなんになるというのでしょう。

 田上くんは言います。「なぜ今回の震災報道が『無菌化』したか。そのひとつの理由は『プライバシーの問題』。遺体の映る映像は、ご遺体自身に許可のとりようなどないし、家族を見つけ出すことも難しい。そこで後のクレームを恐れ『自主規制』に走った。『総クレーマー社会』が生み出した『自主規制』だろう」


 ましてや、死体写真などではなく、その人の赤ちゃんの時の写真や若い頃に撮った写真です。そうした写真を外に出してクレームを食らうという可能性よりも、写真をたまたま見た被写体の知り合いの誰かの目に止まり、本人の手にわたる可能性の方を先に考える僕はおかしいでしょうか?

 
 いま出ているSAPIOに『ゴーマニズム宣言』とともに田上くんのレポートが掲載されていますが、そこに「遺体の収容が進むにつれ、それでも発見されない行方不明者の家族が、『遺体がわり』に写真や思い出の品を欲した。自衛隊が回収した品をボランティアが修復してくれることになった」とあります。

 この「思い出捜索」は最初から自衛隊の計画にあったわけではありません。

 小倉40普連連隊長が、ボランティアセンターを訪ね、貴重品捜索の協力を申し出たのです。「町からの要望」ということで自衛隊が正式なオペレーションとして動き、丸一日使って大型トラックで町中の写真や記念品を「思い出探し隊」のボランティアテントに輸送したとのことです。その車両を急ぎ確保したのは、自らの家も流された中、不眠不休で働く南三陸町の町長でした。


 南三陸町ボランティアセンターで撮影した「思い出探し隊」の修復作業場を紹介しながら、田上くんは「家も、家族も、すべてを失った人々にとって、写真は遺体の代わりであり、思い出のすべてなのだ」と書いています。

 http://twitpic.com/4pa8ri

田上順唯撮影

南三陸町の流された写真の修復をしている「思い出探し隊」のリーダーは、立教大の4回生でした。「ボランティアリーダーの熱意、町長のリーダーシップ、小倉40連隊連隊長の侠気。それらが小さな出来事をきっかけに噛み合って、出来上がった『奇跡』か」と田上くんは記します。


遺体を捜索するのだって大変な困難を極めている状況の中で、被災した人々の機微に心を届かせる、現地で働く人々とのつながりで働いている自衛隊だからこそ、絶大な信頼を得ています。


木蘭さんは、陸前高田市の県立高田高校北側にあるグラウンドに、こんな文字を見つけました。「自衛隊のみなさんガンバって!」

Google map航空写真

自衛隊とともに遺体の「未捜索地域」に足を踏み入れた田上くんは、まさに人々の人生、その歴史のなかに踏み込んだような感覚を受けたと言います。


仙台駅から車で15分ほどの宮城野区蒲生地区で、屋上に取り残された150人がヘリで救助されたという中野小学校に田上くんは木蘭さんと行きました。


体育館の壁が津波で突き破られて内部に瓦礫がうずだかく積み上がっており、片隅にぽつんとちいさな学習机があった。その上には児童の集合写真と、砂の入ったお椀、そしてひと束の線香が置かれていた。二人で線香に火をつけ、合掌した。

(泉美木蘭さん「被災地25日間」よりhttp://www.onna-boo.com/day/201105.htmlより)


現地では、「木の枝や杭にまきつけられている赤い布やヒモ」が「遺体発見場所」という意味だと知らされます。


それを意識してあたりを見渡すと、いくつもその目印が目に入ってきます。

「家族写真や、ちぎれたぬいぐるみ、泥だらけのゲームソフトのパッケージ、アンパンマンのおもちゃ、割れたレコードのタイトル」などが次々と目に入るようになり、やはり息子さんがいる木蘭さんはその笑顔と重なって、目をつむって合掌せずにいられなかったといいます。


田上くんもこう書いています。

「日常のなかにこの世とあの世が同居していて、壊れた地蔵を集めて路傍に祠を作ったり、神社の跡に卒塔婆を立てて祈りの場にしていたり、被災者たちが『あっち』とのつながりを求めている雰囲気は感じますね。強烈に」

彼はある場所で、こんな文字を見つけました。

  
田上順唯撮影

 
どこかの学校の寄せ書きなのでしょうか?
 そう田上くんに質問したら「撮った場所は海から4kmほど急峻な山を登った先にあり、界隈には学校はなく、近場の学校で2kmほど離れています。どこか遠くから流されてきたんでしょうね」とのことでした。

現実の崩壊の中で、なくしてしまった昨日までの世界との意識のつながりを持ちながら、その手綱で「生きていく力」の方にグイっと自らを引き上げて行こうとする子どもたちの魂が、じかに入り込んでくるような写真だと思いました。

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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