ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.6.19 13:55

お勉強ではない「ベンキョウ」を

私はゴー宣道場にははじめ動画『せつないかもしれない』から
参加しました。

この時は道場本編とは直接関わりなく、
どちらかというと政治や社会問題とは離れた、
「たとえば餃子をひたすら食べ続けているとか・・・」
という小林さんからのお話があり、
幅担当としての参加でした。

道場本体には原口一博さん、城内実さんが
ゲストの第3回に始まり、
第5回まで見学し、
第6回から登壇者として参加、
後は第8回を除いて毎回登壇させて頂いてます。

ある時点で、創設から参加している師範は
「創設師範」、僕や有本香さんのような途中から
参加したレギュラー的な出演者を
「師範」と呼ぼうということになりました。

そんなわけで私も「師範」と
呼ばれてしまうことになったのですが、
内心恐縮しています。

私は人より社会のことをたくさん考えているという
わけでは特になく、
また毎朝「日本人でよかった」
と思っていたわけでもないからです。
なにかの道を極めているわけでもありません。

物書きをしていると、人の悩みや
問いに答えるような立場を求められることがありますが、
僕自身は、人より情けない、ダメな自分が
書く動機になっている気がするのです。

第7回の道場の時、門弟の人から「どうしたら異性にモテるんですか」
という質問を頂き、
「これはヤバイ」と思いました。

僕のような人間はモテるどころか
たいていの女性から男性として見られることはないでしょうが、
しかし人前に出る立場になると、
あたかもそんな男女関係まで含めて
なんでも知っているかのように
振舞ってしまうおそれがある。

実はこの間も、あるところでインタビューに答えていたら、
「恋愛をしたことがない、リアルな異性なんていらない
といういまの若者に切通さんからなにか言うとしたら?」
という質問を受け、困ってしまいました。

恋愛なんてそそのかすことじゃないと思うんです。

というか、僕は昔から、恋をするとその人ばかりになってしまい、
自分を磨くことを怠るので、
出来れば恋愛をしたくないのです。

これは綺麗事を言ってるんじゃありません。
本当に自分はダメダメになってしまうんです。

リリー・フランキーさんが『何番目に大事?』
というエッセイで、
誰かを好きになると、その人第一になりがちだけれど、
それは違う、と書いています。

一番大切なものは自分じゃないかと。
では、好きな人というのは「二番目に大事」なのか。
それも違うとリリーさんは言います。
そして忌野清志郎の歌を引用します。

“一番大事なものは自分なのよ
その次に大事なものがベンキョウで
三番目に大事なものが恋人よ”

この「ベンキョウ」を、リリーさんは
「今ではない未来のために何かやる行為のこと」
「そこに、未来の匂いがすればそれでいいのだと思う」
と書いています。

それがなければ、
一番目と二番目も大切にできない。

その意味で、一番大事なことなんじゃないかとさえ
僕は思いました。

自分にとって、ゴー宣道場に参加することは
この「ベンキョウ」につながることなのだと思います。

さて、皆さんにとって「ベンキョウ」とはなんですか?

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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テーマ: 「愛子皇太子の可能性」

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