ゴー宣ネット道場

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切通理作
2011.7.5 03:28

忘れていたのは「いま、ここ」に生きる力

僕はかつて
小林よしのりさんにこう言われました


「わしは、人間は一生変わっていけると

思ってる。一生勉強だと思ってる」

……すごい、と思いました。
けれども、自分のことを振り返ったら、
なんか体力も落ちてくるし、
色んな事の予想もつくようになって
人生だんだんつまらなくなってくる
一方なんではないか・・・・・
という思いが拭えなかったりしています。

そんな自分ですが最近、

ちくまプリマー新書から出た

『ニーチェはこう考えた』

という本を読みました。

哲学者ニーチェの考え方に、

「永劫回帰」

というものがあります。

いままでの人生の

喜びも、悲しみも、苦しみも、

すべて等分にあなたの人生に

ふたたび襲ってきて、

それは永遠に繰り返される―

という考えです。

なんか、おそろしげな考えだなと、

僕は前から思っていました。

どんなに努力しても平穏が待ってないなんて、

人生つらいだけみたいじゃないですか。

色んな人の人生見てると、

それがホントっぽく感じることもあるのが

またコワイ。

どこまでもつきまとう

呪いの呪文みたいだな……って。

しかし、著者の石川輝吉さんは

こう言います。

「永劫回帰」というのは、

たとえば子どもの頃自転車に乗れた時のように、

自分がなにかを乗り越えて、

以前よりも大きくなったと感じる、

その感覚にいつでも立つために、

ニーチェが用意した概念なのだ、と。

長く生きていれば、

人間いくらかの苦労は

誰でもしているはずです。

でも、自転車に乗れるようになった人が、

乗れなかった時のことを忘れてしまうように、

苦労を「過去」のものと忘却したり、

願いを「未来」に託して先延ばしにしたりする。

あるいは苦痛や悲哀さえもロマンティシズムに転嫁して、

美しく浸る。

そんな覆いを取り払って、

ニーチェは、常に「いま、ここ」に立て

と言っているのだ……と。

その部分を読んだ時、僕は冒頭の

かつて小林よしのりさんに言われたことを

思いだしました。


「わしは、人間は一生変わっていけると

思ってる。一生勉強だと思ってる」

「人はそうそう変わらない。

自分だってもう若くないのだから

出来ることだけやっていけばいいのでは」

と思っていた僕は、忘れていたのです。

自転車に乗れなかった時、必死に乗ろうとして

何度も恐怖と不安の中で頑張った時の気持ち。

そしてある時、いつのまにか乗れていた時に

感じた、自分がひとまわり大きくなったような

喜びの感情。

それは、永遠に回帰してくる

「いま、ここ」に生きる力なのだ・・・・・・と

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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