ゴー宣ネット道場

BLOGブログ
トッキー
2012.6.23 02:44よしりん先生の登場

感受性の言語化について

よしりん先生の
登場です。

・・・・・



理作氏の
「現実がパロディ化し、やがて・・」
というブログには感激した。


やっと「
SPA!」をやめた時の
違和感を、言語化してくれる
他人が出てきた。


「ゴー宣道場」で
民族衣装を着るという
アイデアを採用しなかった理由も、
これで言語化されている。


https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=jodeakbv9-57#_57

文章を書く才能というのは、
まず「感受性」だと思う。


「感受性」をどのように
「言語化」するのか、
それが文章のプロだろう。


わしは今の保守論壇の中に、
その「感受性」の「言語化」が
冴えてる者を発見できない。


わしが「紋切り型」と言ってるのは、
保守論壇で重宝されている者たちが、
男女を問わず全員、
どこかで聞いたことを語っているからだ。


しかも何度も何度も飽きもせず、
老人の繰り言のように
同じことを語っている。


時代も少しづつ変わっていくのに、
その変化を感じられないままに、
脳の老化と硬化が
加速度的に進んでいっている。


水戸黄門の意義は認めるが、
水戸黄門を見て
すっかり楽しんでいる若者は
ちょっとオカシイ。


ネトウヨもその類である。


ネトウヨももはや若者はいなくて、
30代、40代のオッサン
かもしれないが、
水戸黄門に飽きない連中なのだ。


ネトウヨと共闘している、
現在の保守論壇村で書いてる
連中は、どうせいなくなる。
どうせ名も残らない。
これは確実だと思う。


保守論壇ムラの中だけで
重宝されてても仕方がない。


「右半球」に浮かんだ何ものかを、
「左半球」に移し替えなければならない。

今の保守論壇ムラの言論人は、
「左半球」にすでにある言葉を、
排泄してるだけ。


「右半球」には
何も浮かんでいないのだ。


つまり、あっさり言うと、
「才能」がない。


ああいう連中は、
名も残らなければ、
作品も残らない。


ネトウヨと同じ、
「匿名」の者に過ぎない。

 

トッキー

次回の開催予定

第94回

第94回 令和2年 12/6 SUN
14:00

テーマ: 「コロナ後のリベラル」

INFORMATIONお知らせ