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トッキー
2012.7.13 03:48震災・原発問題

原発推進こそが「感情論」だ!

「原発ブラボー団」こそが
「感情論」なのだ
 と、よしりん先生が
 昨日のブログで書いています。

まさにその実例があるので、
紹介しましょう。

7月11日付産経新聞「正論」欄で
評論家の木元教子氏
『原子力否定しても何も生まれず』
という題の論説を書いています。
内閣府の原子力委員会委員を務め、
原子力の政策・対策に携わっていました。

その時の安全対策の議論について、
木元氏はこう回想しています。
正直、読んで目がテンになりました。

その政策・対策は、安易に、心情的に

「安全神話」という言葉で語られてはいない。
しかし、明確な根拠はないにしても、
「かく、あらまほし」との願望を精一杯こめて、
「絶対に安全である。そうしなければ」
と確認し合った状況があったのではないか。

この人は、一体、何を、

言ってるのでしょうか・・・???

内閣府の議論では、
原子力の「絶対安全」とは、
明確な根拠のない、
「かく、あらまほし」の
精一杯の願望だった・・・?

その願望は、

福島第一原発事故で
脆くも崩れ去ったのです。

原発事故は、交通事故や航空機事故とは違い、

たった一度の事故で、数十万人が土地を追われ、
数世紀にわたって汚染と向き合わなければ
ならなくなってしまうということを、
われわれは目の当たりにしました。

「絶対安全」がない以上、
次の事故が起こらないとは誰にも言えず、
日本でまた原発事故が起これば、
この狭い国土にさらに人が住めなくなるばかりか、
国際的な信用という面からいっても、
日本という国はもう終わってしまいます。

過去にいくら原子力に希望を持ち、
安全性に願望を抱いたとしても、
この現実を見据えれば、
過去の幻想は捨て去るのが
理性的な判断というものでしょう。

ところが木元氏は、続けてこう書くのです。

世の中には「絶対安全」は、ない。

原子力は、前を向いて謙虚に、
だが強い信念を抱き、
限りなく「絶対安全」に近づけるべく、
研究開発に努力し、
また、しなければならない、
と決意している。


これを「感情論」と呼ばずして、
何と言えばよいのでしょうか?

この期に及んで、
未だに現実に目を閉ざし、
過去の幻想に執着し、
感情論に埋没しているのが
原発推進派です。

トッキー

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