ゴー宣DOJO

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切通理作
2013.6.16 22:38

しばき隊の真実!

 先日の、ネトウヨのヘイトスピーチへのカウンターデモを行う「しばき隊」を名乗る人物がゴー宣道場に参加していたという話ですが、後日、本人からツイッターを通して僕に連絡があり、しばき隊の正式メンバーではなく、街頭で呼応して叫んでいた一般の人であることがわかりました。

 

 その人自身、しばき隊が特定の組織で、リーダーが身分を把握している人間だけが「正式メンバー」だということを知らないまま、そこに参加していました。だからゴー宣道場のアンケート等でも、自分はしばき隊だということを疑わずに名乗っていたということです。

 

 しばき隊が限定されたメンバーだということは、一般に共有された前提とまではいえないようです。

 

 しばき隊自身も、「在特会やネトウヨが、こちらの勢力を過大にとらえるほうが都合がよい」と思っていたと、しばき隊の主催者であり、前回のブログを見て僕に連絡してきた野間易通さん自ら語っていました。

 

 ある時は誤解をそのままに、ある時は「それは我々のメンバーではありません」と言ってくる・・・・・そのことをもって、しばき隊の規模を都合良く拡大したり、狭めたりしているとの批判を、野間さんに対してする人もツイッターにいました。

 

 しかし僕はむしろ、そんな戦術まで正直に言ってしまう、彼の胸襟を開いた態度に好感を持ちました。

 

 ただ、彼に対してではありませんが、運動にとって「声の大きさ」が自己目的になってしまう向きもあるとしたら、僕自身はどうにも馴染めないという感触も持ちました。

 

 それは、僕に対して、ゴー宣道場なんぞで机上の議論ばかりしてないで、デモの現場に来い、と執拗にからんでくる人もツイッターにいたからです。

 

 デモに意義を見出す人の中には、ひたすら自分達を数として増殖させることしか目的がない人もいるのかと、なんだか巨大アメーバに同化を迫られているようで、僕は逃げ出したくなってしまいます。

 

 それにデモの現場に行っていたって、誰が正式メンバーかもわからないし、何の思惑でその場が形成されているのかもわからない・・・・・・という人だって、現にいるのですから。

 

 現場盲信主義は、議論を避け、物ごとの本質を失わせるのではないかと思えてなりません。

 

 とはいえ、実際に街中で罪もない人に迷惑をかけるヘイト集団に対して、阻止しようと行動すること自体は尊いと思います。

 そろそろ、実力行使としてのデモに唱和するだけでなく、ヘイトへの対抗でより適切なものはなんなのかを語る議論の場に、現場を知る人が出てきてほしいという思いは変わりません。

※前回のブログはこちらです→https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=johj2b9e7-57#_57 「しばき隊とネトウヨ、どっちもどっち?」

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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テーマ: ゴー宣DOJO in名古屋「人権カルトと日本人論」

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