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高森明勅
2014.6.5 14:53

憲法改正と立憲主義

立憲主義が、国家権力を憲法で制限する考え方であり、
仕組みであるとすれば、 国家権力である内閣や国会が憲法改正を
提起すること自体、
立憲主義を踏みにじる行為なのか?

もしそうであれば、憲法改正はいかにして可能になるのか?

ーという素朴な疑問を抱く向きもあるかも知れない。

しかも日本国憲法第99条には、天皇・摂政・国務大臣・
国会議員
・裁判官その他の公務員の憲法「尊重・擁護」義務が、
はっきりと規定されている。

だが、単純な話だ。

憲法には、改正規定(第96条)もちゃんとある。

だから、憲法尊重・擁護義務と憲法改正の発議それ自体は、
全く矛盾しない。

むしろ「憲法の改正を検討し、必要の場合に改正することも
また憲法の尊重・擁護の一方法」(
磯崎辰五郎氏)と考えるべきだ。

何故なら事情が変遷し、憲法自体がかえって国家の活動を
妨げているような場合、
もし憲法が改正されなければ、
結局、
憲法によらずに国家を運営する以外に方法がなくなり、
憲法を無視ないし破毀するという「革命」(=反憲法)的現象を
惹き起こす事態になるからだ。

ならば、内閣ないし国会が“憲法の規定に従って”
憲法改正を発案し、発議することは、立憲主義に何ら抵触しないのは明らか。

逆に、憲法に規定する改正手続きを踏むこと“なく”、
条文そのものには一切、手をつけないで、その条文の趣旨を
著しく逸脱して恣意的に解釈し、
運用すること(
憲法の改正規定を“無視”した事実上の改正)こそ、
憲法の尊重・
擁護義務に背き、立憲主義を危うくするー
と言わねばならない。

なお、この点に関わって「『立憲主義』
を憲法で権力を縛ることと
定義すれば、
政府側による憲法改正の主張も解釈変更も理屈として
不可能になる
」という奇妙な「理屈」を見かけた
(八木秀次氏『正論』7月号)

まさか、こんな幼稚な誤解から、懸命に「権力を縛らない」
立憲主義なる珍説を唱えていたのではあるまいな。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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