ゴー宣ネット道場

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高森明勅
2014.9.10 01:00

朝日新聞の思い出(5)

その3(つづき)。

私が事務局長を仰せ付かったのは、
つくる会にとって最初の教科書作りと採択の時期。

ある意味では、一番やりがいがあり、一番辛い頃とも言える。

私の腹づもりでは、
ほんの1ヶ月か2ヶ月のワンポイントリリーフのはずだった。

なのに結局、第1回の教科書採択が終わるまで、
何年もやらされることに。

その際、その頃はまだ個人的な繋がりなどさほどなかった
漫画家のK氏(!
)が、
“決定的な”役割を果たした―などの恨みつらみは、
もうすっかり忘れた(かな?)。

とにかく、朝日新聞はエゲツナイ手段をじゃんじゃん使って、
徹底的に会の足を引っ張った。

私としても、まさに恨み骨髄。

だが、記者個人には極力、正直に丁寧に応対した。

それが何より会の為だと信じたからだ。

つくる会では年に1度、全国の正会員(普通会員とは別)が
集まる定期総会がある。

それが終わった翌日、Y記者が取材にやって来た。

昨日の総会のことを聞かせて下さい」と切り出す。

メディアに伝えてよい範囲内で、正確に説明。

すると、

なるほど。確かに一致してますね」と言って、
おもむろに鞄から書類を綴じたものを取り出した。

何と昨日、総会に出席した正会員にだけ、
その場で名簿と照らし合わせながら配った、
総会の議案書の現物ではないか。

Y記者は昨日の総会後、正会員の「誰か」と会い、
議案書を受け取ったのだ。

その際、当然、総会でのやり取りも聞き出しているはず。

そんなことはオクビにも出さず、
私に説明を求めて、
私の言葉の信用度をチェックしたのだ。

その上で、議案書に基づき、
決算・予算の細かい費目や金額などにつき一々、
尋ねてくる。

表面上は平静を装いつつ、支障のない範囲で解説したものの、
内心では(おいおい、
スパイ映画かよ!)と舌を巻いていた。

恐らく朝日にとっては、普通の「取材」活動の一環なんだろうが。

我々の教科書の採択に当たっては、
教育の正常化を願う国民の熱意に「恐怖」した反対派によって、
前代未聞のルール違反や犯罪行為が横行した。

法令上、採択権限を持つ教育委員の自宅に
カミソリが送り付けられたり、
脅迫電話も入った。

年老いたお母さんが階段から転げ落ちないよう気を付けて」

「(神主の委員に)お宅の神社に火を付けられないように」等々。

かくて、採択結果は限りなくゼロに近い惨敗。

しかし一方、数字には表れない確かな手応えも感じることが出来た。

私が事務局長退任を間近に控えたある日、
Y記者から一枚の葉書。

他の部署への移動が決まったという印刷された挨拶状に、
手書きでこんな書き添えが。

「高森さんと考え方は違いましたが、
誠実な対応が印象に残っています。ご健闘を祈ります」と。

もう、あれからかなりの歳月が流れた。

彼は今、どうしているだろう。

了)

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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