ゴー宣ネット道場

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トッキー
2014.10.24 13:44ゴー宣道場

「何度でも騙される性癖」を意識しよう!

前回の道場の感想、
設営隊長の言葉をご紹介します!


「—勝てるのか。勝てないとわかった上でそれを織り込み済み
こういった活動をされているのか。
それとも何かを変えるために・・・勝った後のビジョンを
僕らは見せて頂けるのか。それを見せてもらえることを
僕らは信じていいのか。」(前回の道場で会場からの質問の一つ)
 あんまりと言えばあんまり“高見の見物のお客様”的な質問に、
内心ダァァッ;;となる会場、アンラァァァ・・失笑洩れる師範・講師陣—。
 この時即座にマイクを取って真顔で答えた宇野さんは凄かったです。
「いやーしかし、単純に考えると勝てないですよ。
何で勝てないかというと、『ビジョンを見せてくれ』みたいな
“お客”しかいないうちは勝てないですね。
—なので『いっしょに作ってって下さい』、
一番のメッセージはそれですね。」
 質問者に対する辛辣さ(「アンタのコトだよ!」)のみでなく、
よしりん先生が道場を開いている意味を直感した
真摯なメッセージと思いました。
「無責任・他人任せ・タダ乗り・消費者・ヒョーロン家気どり」が
どれほど沢山いたところで、
世の中をよき方向に変えていくことは無理。
引き受けることなくサービスされるばかり(その上クレーマー!)
感覚は自他の分断を促進するばかりとなり、決して勝てない、と。
 追うように言われた古市さんの
「最悪の事態を避けるよう自分に何ができるか考えよう」は
言葉は異なるけれど宇野さんと同じ意味と思いました。
 【消費者→生産者】(物に限らず、ふるまいの)へ
たとえ一歩でも踏み出したら事態はグゥーッと
舵が切れていくのではないかと思います。
 ところで、先日「NHKスペシャル カラーでよみがえる東京
?不死鳥都市の100年?」(10/20放送)を観ました。
発見されたフィルムを最新技術で処理して、
カラーで東京の100年の変遷の様子を描きだした
貴重なドキュメンタリーでした。
 実においしそうに蕎麦を啜る初老の男性の
笑顔に始まり(百年以上も前の映像!)、
街の景色、そこに賑やかに行き交う人々、路面電車、自動車。
大きな広瀬中佐と杉野兵曹長の銅像が見降ろす
須田町交差点の賑わい、シャレた洋装のモガが
闊歩する銀座の通り、庶民の表情。
 関東大震災、紅蓮の炎に一帯が包まれる様子、
焼け落ち壊滅した首都、—2.26事件、戦争に向かう時代、
初めのオリンピック招致、そして返上、
・・・開戦、学徒出陣の雨中の行進、
・・・・東京大空襲、破壊され再び焼け野原となる東京
・・・敗戦、東京裁判、引き倒される須田町の広瀬中佐銅像、
・・・占領下の東京、復活する祭り、復興
・・・東京オリンピックへ・・・。—カラーになると一層リアルです。
  一部始終を観ていると、そのめくるめく変化・人々の表情や
動きの中に我等「日本人」の特徴が浮かび上がってくるようです。
確かにその続きの流れの中に今日も私達は
生きていることを知らされます。
 敗戦後、余りにも急速な価値観の転換の様相・風潮に
対しての、映画監督の伊丹万作(伊丹十三の父)の言葉が、
今も通用する冷徹な響きを以てゾクッと迫ってきます。
ドドーッと行ってしまう流れの中にいたとしても
ブレることなく見抜いている人は必ずいる。↓
>多くの人が今度の戦争で騙されていたと言う。
 いくら騙す者がいても、誰一人騙される者が無かったとしたら、
 今度の戦争は成り立たなかったに違いないのである。
 「騙されていた」と言って平気でいられる国民なら、
 恐らく今後も何度でも騙されるだろう。
 いや、現在でもすでに別の嘘によって騙され始めているに
 違いないのである。—(番組の中で紹介された伊丹万作の言葉)
 今回のゴー宣道場(前述)が鮮やかに重なってきました。
【無責任・他人任せ・タダ乗り・消費者・ヒョーロン家気どり】
【引き受けることなくサービスされるばかり(その上クレーマー!)感覚】
天皇陛下が懸念されていたという国民の【付和雷同】の傾向
—根深く巣食っているこれらの性癖は
「何度でも騙される」性癖と同根でしょう。
それを意識して自ら警戒すること
—それこそ今回はっきり示された道場に
参加している基本的意味なのだと思います
トッキー

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