ゴー宣ネット道場

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切通理作
2014.12.5 00:02

「道徳」と「倫理」の違い

小林さんに『本多猪四郎 無冠の巨匠』
読んで頂いて嬉しいです。戦争について触れ始める4章以降は、

とくに読んで頂きたいところでした。

 

ところで私が今読んでいる岡田斗司夫さんの

『僕らの新しい道徳』も第4章で局面がひとつ変わったような

印象を受けます。

ここで、小林よしのりさんがゲストとして登場します。

 

小林さんは岡田さんから

「道徳と倫理」の違いを問われ、こう答えています。

 

「人様に恥ずかしいから」が道徳、

「お天道様が見ているから」が倫理だと。

 

そして小林さんの幼い頃の原体験が話されます。

 

駄菓子屋でたくさんある豆菓子の一個を盗っても

その時はバレなかったが、

母親の前でその豆菓子を持っている事がバレてしまうと

恐れて咄嗟に口の中に入れたら

「爆発」してしまった……と。

 

「豆菓子じゃなくてかんしゃく玉だったの。

口から煙がぱあって出ちゃった」

 

罰が当たったと思った小林さんですが、

興味深いのは、

かといって駄菓子屋のおばちゃんに罪悪感を

持ったわけではない……

と当時の気持ちを正確に述べているところです。

 

この話を聞いた岡田さんがうまい補足をします。

「そのとき抱いた罪悪感というのは、

周囲の人ではなくて、

もっと大きなものに向けられたものだったんですね」

 

岡田さんはこの本の最初の方で、

道徳というのは、四の五の言わず

友だちのために一肌脱ぐ事だ……と述べていて

「意外に熱血な人なんだなあ」と僕が思ったのは

前のブログで書いた通りですが、

この第4章で出てきた話題は、

「道徳だけでは倫理に繋がらない」

という事にも繋がるような気がします。

 

原発問題はそういう意味では「倫理」の方に

近いのかもしれません。

身近な人が被爆しているかもしれないとおそれている

民衆にとっての「友だち」と、

利権がらみの人にとっての「友だち」

は異なるか、近さ遠さが逆転することはおおいに考えられます。

 

「そのぐらいいいかと思ってたら、爆発しちゃった」

という段になって初めて「お天道様に申し訳ない」

と思っても、もう遅いかもしれない。

小林さんの口の中でかんしゃく玉が爆発した

プチ「ハルマゲドン」体験は、

「もっと大きなもの」に覚醒するきっかけであり、

友と友のつながりの延長上に世の中を見ている

岡田さんの「道徳」に対して、

試金石となり得るものではないかと思われます。

 

続く人たちとの対談も楽しみです。

14日の、道徳をテーマとして岡田さんを迎える道場当日まで

引き続き読んで、面白い視点感じたらレポートしますね。

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45回ゴー宣道場 
『道徳教育は可能なのか?』

ゲスト・岡田斗司夫
ニコニコチャンネルで前半生中継!
12月14日(日)午後1時より。 ↓

http://live.nicovideo.jp/watch/lv201051447

 

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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テーマ: 「コロナ後のリベラル」

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