ゴー宣ネット道場

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切通理作
2015.10.3 03:32

初期衝動が先でも、後戻りできない事がある

 

小林さんからいきなり電話かかってきて「『それでも僕は帰る』ってどこでやってるの?」と。「(メルマガの)文章で興味持ったから、わし見に行くわ」


そこで私も渋谷アップリングにご一緒する事に。


シリア人が自らシリア人の反政府活動を追ったドキュメンタリー映画『それでも僕は帰るーシリア若者たちが求め続けたふるさと』は、廃墟となり人がほとんどいないゴーストタウンと化した、シリアのホムスという地区を映すところから始まります。


そこに青年のナレーションが被さります。かつてここは僕にとって、必要な時に通る路地に過ぎなかった。しかしあのデモが盛り上がりを見せた時期、そこは僕のかけがえのない場所となった・・・・。

数年前のデモの映像が挿入され、興奮した若者たちの生き生きとした姿が提示されます。


しかしあの戦いはやる必要があったのか、年長者は、独裁者と直にぶつかるのは、流血を生むだけだと言っていた。その結果、この街は廃墟となった。僕たちのやったことが、正しいかどうかはわからない・・・・・。


日本とシリアの若者たちの背後にある社会状況や政治状況は、かなり違います。


「日本の若者は政治家になったり、官僚になったりと、将来自分が政治参加していける可能性がある。しかし独裁政権であるシリアの若者たちにそれはない」と小林さんは言っていましたが、それに加えて、政府は実際に反政府闘争をする者に銃を向け、ホムス地区を遠くから砲撃、若者たちは次々と死んでいきます。


権力側のそこまでの容赦のなさは、日本にはさすがにみられないものでしょう。


やはり日本とはどだい切迫感が違うのです。


一方、どこか重なるところもあるような気がしました。


サッカー選手として、子供たちにも人気だった青年バセットは、デモに群衆の一人として参加していた時、目立つ位置に立つ者に遠くから照準を合わせる国家のスナイパーの存在に気付きます。

カーッと血が熱くなった彼は、思わず自ら高い場所に上がり、撃つなら俺の脚を撃て、頭を撃て!と権力を挑発、即興の歌を歌ったのです。


「舞台に上がって以降、バセットは新たな歌をつくってはデモで歌った。民族音楽特有のリズムとメロディにあわせて、バセットが「ほしいのは自由」「大統領は認めない」などと歌うと、一節ごとに集まった青年たちが同じ節回しで繰り返す。バセットと大衆の間での繰り返しは次第に熱を帯び、街路に熱狂が渦巻いていく。熱は積み重なって、その中心にいたバセットを運動のリーダーに押し上げていく。」(配信中『映画の友よ』最新39号掲載、山口あんな「『その背に負ったもの 〜シリア デモから戦闘へ」http://yakan-hiko.com/risaku.htmlより)


バセットは生活が困窮していたわけでもなく、自分自身が苦しい思いをしていたわけでもありません。


また初めから国家批判の思想を持っていたわけでもなく、最初は不正を働く市の上層部の退任を求めるデモの場に居ただけでした。


でも彼がある意味無色透明な存在だったからこそ、その清新な印象が周りを巻き込み、また彼自身、その期待を背負う事でどんどん後に引けなくなっていくのです。


そして、圧倒的な力の差があるのにもかかわらず、仲間同士、お互いにスローガンを唱和し繰り返す事で、本気でアサドを倒せるような気になっていく。


鑑賞後、小林さんが「これは(SEALDsの)奥田君も見た方がいい映画だよ」と言っていました。


僕は僕で、この映画の中でバセットが最初に立ちあがった瞬間を語るのを見ていて、前の日に見たツイッターでの、ある人物のつぶやきを思い浮かべたのです。


あの日、
SEALDsからツイッターのDMで「デモ来てください」と連絡がきて、「じゃあ、いくか」と判断するのに、数秒もかからなかった。その時、後先とか、その意義(笑)とか、何も考えていない。現場に行って、「じゃあ、キヨシロー歌うしかないな」と決めるのも、数秒しかかかってない。(茂木健一郎さんのツイッターでの発言/201510月1日)


茂木さんのこの衝動は、まさにバセットのそれと共通しているのではないでしょうか。「後先」とか「意義」とかより前に、人がその行為に掴まれてしまう瞬間がある事について、見事に語っておられます。

要するに、後先考えないバカなのである。それ以上でもそれ以下でもない。SEALDsの連中だって、「絶対に止める」なんて、止められるはずが本当はないって、本人たちもきっとわかっていて、同類のバカなのだろうと思う。そして、ぼくは、「ある種の」バカにやさしい。「すべての」バカではない。(茂木健一郎さんのツイッターでの発言/201510月1日)


そんな茂木さんに「
SEALDsは本気に決まってます」「私たちは本気で止めようと思っていた」と現在批判の声が運動者たちから寄せられています。発言の取り消しも要求されているとの事。


彼らは茂木さんの示した「やさしさ」に気づかないのでしょうか。
SEALDsの若者たちには伝わっているといいけれど・・・。余計な御世話だって、江川さんとかに言われそうですが。
                                                             

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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