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トッキー
2018.4.23 01:11その他ニュース

脱正義論の応用問題

福田財務事務次官のセクハラ問題について、
門弟間でも意見が割れていますが、
昨日のよしりんブログ
を読んでの門弟の意見をご紹介します。



『脱正義論』は、組織が間違ったことを
している時は、ギリギリのところで
個人として判断する、それができるプロになれ、
ということだと理解していますが、
応用問題になるとすぐわからなくなって
しまう情けない自分がいます。
特にセクハラ問題などが絡むと難しいです。

今現在の自分の考えとしては、
この問題の元凶はテレビ朝日(マスコミ全体)
のセクハラ・パワハラ体質であるということ。
そして女性記者は普通の人ではなく
ジャーナリストであり、小林師範が問題視
しているのは、この人物に個があるかどうか、
プロかどうか、ジャーナリストの精神が
あるかどうかということだと思っています。
小林師範に違和感を表明している方は、
ここを認識されていないように思います。

僕はセクハラ音声を他社に垂れ込んで、
かつテレ朝は辞めないというのは、
なんだかおかしいなと感じています。
普通の人ならともかく、ジャーナリストは
その問題の事柄を伝えること
そのものが使命ですよね。
上司に握り潰されたのなら、辞めた上で
告発するのが本来のジャーナリストの
あり方なんだと思います。
他の業種で言えば、自社の商品を
横流しした上で居座るようなものでは?
それをテレ朝には居続けたいから、
事務次官のセクハラをメインにして
垂れ込んだとなると、
これは虫がいい気がします。

自分に置き換えて考えてみました。
ある日、強制的に出向に行かされた。
→さらに出向先で嫌がらせを受けた。
→その時の音声を録音した。
→自社の上司にかけあったら無視された。
自分だったら…さっさと辞めて両社とも
縁を切るか、正義にかられたなら
辞めた上で両社とも告発するかの
どちらかかなと想像します。
少なくとも、会社を辞めずに、主に出向先を
「悪」として週刊誌に垂れ込んで、
自分は会社に所属したまま隠れていては、
「強制的に嫌なところに行かされた」という
本質の問題を糺すことにはならず、
ひいては自分の保身にしかならず、
詰まるところ「ジャーナリストじゃない」
ということは言えると思います。

そう考えると、ただ事務次官のセクハラ問題
のみに焦点を当てて女性記者を擁護する
方々は、「美人を差し向けてネタを取る」
の構造は問題視していないということに
なるかと思います(実際、ネットで見る
リベラル系の意見はそうでした)。
そしてここを問題視するなら、小林師範は
生放送でおっしゃっていましたが、
「ブスも番記者に」と言うしかなく、
それが僕のような人権イデオロギーに
侵されてる人間にはとても言いにくい
ことだったりします。
でもそれをしないのなら、マスコミの
公私混同の手法を容認しているのと
同じことで、私的領域なら性的な発言を
することは誰でも人や状況によってあり得る
のだから、セクハラ非難の説得力も薄くなり、
最終的には「仕事で性に関わる話
(「服似合うね」など)なんて一切
しなければいいだろう!」というポリコレに
行き着く、ということかなと思います。

ちなみに自分は、職場にいる女性は
“何らかの生命体がいるとしか感じないように
しよう”と前から心がけていて、
もともと「可愛いですね」とか言える
タイプでもないので、そういう世の中に
なっても特に困ることはないかなと思っています。
(けろ坊さん)



明日配信の
『小林よしのりライジング』では
この問題を徹底分析する予定です。
読み解くカギはやはり『脱正義論』
組織人なら仕方ないのか?
「個人」にならなくていいのか?
ということが問われてくる
のではないでしょうか。
トッキー

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