ゴー宣ネット道場

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トッキー
2019.9.3 15:33メディア

「言論人」は何のために?

週刊ポストに対する作家たちの「抗議」についての
ご意見ご紹介です!

 


 

【「抗議・恫喝・脅迫が表現の自由を委縮させる」小林よしのりライジング Vol.327】の内容がそのまま言える出来事がまたもや起こりました。書くと即それに類した事件が起こる、例示になるような言動が世にわいて出る。ゴー宣道場のジンクス「取り上げると事件が発生する」です。

 テレビのニュースショーのような番組はほとんど見ていませんが、新聞に週刊ポストの件の特集の広告が載ったのは見ました。いかにも週刊誌らしいタイトルですが、それに“作家・表現者ともあろう人々”が口を極めて抗議していることを知りました。

 それでなくとも雑誌の売れ行きが激減してきていて、かのSAPIOも今は無く、週刊・月刊で表現者達が発表する場がぐんぐん狭まってきているというのに、≪ものを考え表現して活字として発表するのが仕事≫の方々の反応の言葉に驚きます。

—「こんな雑誌こそいらない!」「廃刊にせよ!」「書いた事があるのは恥だ!」「もう書かない!」「小学館は(全体まで)けしからん!」etc・・—ユルセナーイ、ユルセナーイ、と正義の味方よろしく拳振り上げている情況のようです。

>抗議・恫喝・脅迫は許されない!抗議・恫喝・脅迫は確実に表現の自由を萎縮させる。「批判」と「抗議・恫喝・脅迫」はまったく別物である!(ライジング・Vol.327より)

 言語表現を生業にしているはずの人が、この“別物”という≪位相≫に無頓着なまま、自分の表現の場を少なくし、結局進んで首を絞めてもらう?!方向に進んでいます。自分の「正義感」がどこからくるのか、そしてそれはどんな結末に繋がるのか。

 自分に疑いの刃を向ける視点を持たない(持たなくなった)人がどんなに恐ろしいかは、「脱正義論」はじめゴー宣で繰り返し取り上げられ、戦われてきたことです。人がバランスを失っていく分かれ道はここだと思います。

 自由を希求する人々。それが脅かされる、いや確実に弾圧に向かう危機を察知して、香港では市民・学生、そしてついに中高生までが自覚して戦っています。自由を奪われること、ものが言えなくなり、それをしたら権力により中国に引っ立てられることが許されてしまう。

 —チベットや新疆ウイグル自治区のような情況がその先にある事を人々はヒシヒシと実感しているのだと思います。だからこそ必死で抵抗しています。

 ところが今日本では、有名な言論人ともあろう人が「偽善・我こそ正義の味方のつもり・議論の位相に無頓着」。—なぜ言論自由・場を確保し駆使しないのでしょうか。何のために己の能力を使おうというのでしょうか。
(和ナビイさん)

 


 

「表現の自由を守る」ということは、「嫌いな表現の自由でも守る」ことだという、初歩の初歩の認識すらない幼稚な人が「言論人」をやっているという、劣化し尽した惨状には暗澹たる思いがします。

トッキー

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