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トッキー
2020.4.8 21:12政治・経済

市場システム以上に公益に配慮を(by ケネス・ルオフ)

ケネス・ルオフさんからの
寄稿を掲載します!

 


 

市場システム以上に公益に配慮を
ケネス・ルオフ(ポートランド州立大学歴史学教授)
翻訳者 木村剛久

 この原稿を書いている米国には現在パンデミックが押し寄せており、私の住んでいるオレゴン州ポートランドも例外ではないが、かろうじて最悪の事態は免れそうな気配だ。このような危機的状況において、何よりもだいじなのは、自分たちの基本的な価値感を確認することである。しかし、どのような価値感が真に重要か、あるいはそうでないかをあきらかにしなければならない。重要なのは全般的な公共福祉を推進することであって、「純粋市場」の力を信奉することではない。
 ウイルスは世界中で、だれもがそれに直面していることを思い起こさせてくれた。それだけではない。現に社会には公益があること、だれもがコミュニティと責任という感覚を分かちあっていることをも教えてくれた。それは、国内的、国際的なレベルを問わない。もし公益がないなら、医療従事者がパンデミックを抑えようとして、懸命に努力することなどありえないだろう。いまの時点で、パンデミックを市場の力にまかせるべきだと言う人が数多くいるとは思えない。
 とはいえ、この四十年間、先進国ではできるかぎり何もかも市場にまかせるべきだという考え方が主流になっており、それ以外は事実上あまり顧みられてこなかった。新自由主義を採用したどの国でも、公益の領域は縮小していた。
 新自由主義は国によって異なる現れ方をしてきた。米国では、次のような公益分野が取り消されたり周辺においやられたりしている。精神疾患の治療、豊かな国ではとうぜんなさるべき水準の科学的調査、だれにとっても手の届く高等教育、公園やレクリエーション施設、広義のインフラストラクチャー、公衆衛生など。そうした分野に必要となる適切な資金が削られているのだ。以上はごく一部の例にすぎない。だが、それだけでも公益が周縁においやられているという感は否めない。
オレゴン州で、公益を圧縮する動きがあらわになったのは、1990年の州法案5が可決されてからである。この法案は財産にもとづいて支払われる教育税に限度を設けるもので、そのころ新自由主義が支配的になりつつあった米国では、税制見直しの波が各地をおおっていた。
 日本人は新自由主義によって国の公益から押しだされた部分を何とか維持しているといえるだろう。それは日本が幸いにも米国や英国、西欧諸国ほどには新自由主義を取り入れなかったためである。それでも新自由主義は日本でも公益の領域を減少させてきた。
 その間、社会経済的な不平等は次第に深刻さを増していた。純粋市場なるものにすべてを委ねるべきだと主張した人たちは、2007−2008年の金融危機以降におきた景気悪化を自分たちの責任としてとらえようとせず、むしろリベラルすぎるオバマ政権の大きな政府による「救済措置」に非難の矢を向けた。とはいえ、その救済措置は、そもそも直近のブッシュ政権の政策を引き継いだものだったのである。
 しかし、すべては純粋市場まかせという王様は、今やまさに裸の王様なのだ。トランプ大統領に督促されて、共和党支配の上院は2兆ドルの経済救済対策を満場一致で可決した。市場への不介入を信条とするある下院議員は、下院でこの救済措置を阻止しようとしたが、民主、共和両党からも変人扱いされるほどだった。
 私自身の立場を明らかにしておこう。私は各国政府が世界経済システムの崩壊を防ぐために努力していることに反対しているわけではない。また、資本主義に反対しているわけでもない。
 しかし、アメリカ社会のあらゆる領域に行き渡っている市場こそすべてという考え方、実際には市場の私物化にだまされないようにすべきだと考えている。というのも、連邦準備銀行による2兆円の経済措置をはじめとして、市場への大幅介入という基本的な対策自体が、市場こそすべてという観念が神話にすぎないことを示しているからである。
市場が働けば働くほど社会全体がよくなるという考え方は間違っている。願わくば、そのことを世界中の人々が認識してほしいものだ。
医療関係者が必要とする個人防御具(PPE)が絶望的に不足している惨状を市場が魔法の力で解決してくれるわけではないことを、われわれは学びつつある。市場はそれでも事態の改善にそれなりの役割を果たすかもしれない。しかし、市場だけでは公益を提供することができない。
 いったんこのウイルスを克服しても(次にやってくる公衆衛生上の脅威に備えることも含めて)、ほかにも市場の力だけにまかせておくべきではない社会の分野があるということを覚えておかなければならない。公益の範囲をふたたびいかに拡大していくかを、もう一度考え直す必要がある。自分たち自身の歴史を振り返ってみても、それは資本主義を廃止しなくてもできることなのである。

 

『天皇論「日米激突」』(小学館新書)
の中で出てきた議論とも関わるお話です。
この機会に、こちらもぜひお読みください!

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