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トッキー
2020.6.10 14:05ゴー宣道場

コロナと日本人の集団性・空気に逆らった日本人

門下生論客・ケロ坊さんの、
次回道場に向けた論考をご紹介します!

 


 

空気に逆らった日本人

「一身独立して一国独立す」というのは、
独り立ちの一人前になるまでに得た知見を国家に適用して考えないと意味がないということだと思いますが、
やっぱりそれをやっている人が少ないからこその現状なんだろうと思います。
普段仕事をバリバリやってる人であっても、
コロナ禍では「ガイドラインを決めてくれないと仕事できない!政治家は何をやってるんだ!」なんて、
指示待ち人間でマニュアル人間なことを言ってるんだろうなーと想像してます。

そういう人とは全く違う、斎藤隆夫という政治家が昔いました。
今からちょうど80年前の1940年に、全体主義的かつ空理空論で物事が進んでいるときに、
思いっきり時代の空気に逆らって水を差した方です。
その時の通称「反軍演説」を、今回きちんと読んでみました。
「反軍」と言っても全然軍隊アンチなわけではなく、一言で言ってしまえば「支那事変はこのままでいいのか?」というものです。

グッときたところを引用します。
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いやしくも国家の運命を担うて立つところの実際政治家たる者は、ただいたずらに理想に囚わるることなく、
国家競争の現実に即して国策を立つるにあらざれば、国家の将来を誤ることがあるのであります。
現実に即せざるところの国策は真の国策にあらずして、一種の空想であります。

・・・

一たび国際問題に直面致しますと、
基督(キリスト)の慈善博愛は蹴散らかされてしまって、弱肉強食の修羅道に向かって猛進をする、
これがすなわち人類の歴史であり、奪うことの出来ない現実であるのであります。
この現実を無視して、ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却(かんきゃく;なおざりにすること)し、
曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和。
かくの如き雲を掴むような文字をならべ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、
国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、
現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない。

・・・

いやしくも国家の将来を憂うる者は、必ずや私と感を同じくしているであろうと思う。
それゆえに近衛声明をもって確固不動の方針なりと声明し、これをもって事変処理に向わんとする現在の政府は、
私が以上述べたる論旨に対し、逐一説明を加えて、もって国民の疑惑を一掃する責任があるのであります。

・・・

国民に向かって精神運動をやる、国民に向かって緊張せよ忍耐せよと迫る。
国民は緊張するに相違ない、忍耐するに相違ない。
しかしながら国民に向かって犠牲を要求するばかりが政府の能事ではない。
これと同時に政府自身においても真剣になり、真面目になって、もって国事に当らねばならぬのではありませぬか。

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引用終わり

ちなみに、この質問に対する政府の答弁は、
簡単に言えば「政府は頑張ってます。国民の皆さんも引き続き頑張りましょう」でした。

この後に斎藤は衆議院議員を除名されています。
質問しただけで除名処分というのがハンパじゃない空気のこわばりを感じさせます。
(SNSの誹謗中傷の規制も、できた時にはこういう異論の排除にも使われそう)

コロナ脳の空気と戦前の空気を照らして考えるに当たっては、
2012年のライジングVol.12にある近衛文麿と安倍晋三の共通点の指摘も参考になりました。
近衛文麿は、若くて、ひたすら強硬論をブチ上げるのを得意として、国民的人気があったとのことですが、
今なら大阪の吉村知事がかなりイメージが近くなってきているなと思います。

来週の道場は、コロナ脳とコロナ空気で烏合と化して右往左往している日本国民に向けての開戦の狼煙、
ニイタカヤマノボレになるんじゃないかと勝手に思っています。

 


 

よしりん先生は歴史認識でも構造改革・グローバリズムでも
イラク戦争でも、ずーっと空気と戦い続けて、
今も戦っているということになるわけですが、
今回の戦いは、ゴー宣道場という場があるという点が違います。
必ず勝ちます。トラ・トラ・トラを唱えましょう!

トッキー

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テーマ: 「コロナ後のリベラル」

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