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高森明勅
2020.7.18 00:18その他ニュース

日本書紀の再評価

戦後の歴史学、日本古代史研究において、
日本書紀は久しく“冷遇”されて来た。
もっぱら天皇の権威と、その統治の正統性を一方的に
顕揚する為だけの、“いかがわしい”書物で、とても信用するに
足りない。正しい古代史は、実際の遺物・遺構・遺跡を手掛かりに
歴史を復原する、考古学によって明らかにすべきだ。
―という考え方が暫く有力だった。
以前、「大和時代」と呼ばれていた時代区分が、
「古墳時代」に呼び換えられるようになったのも、
この時代の主な手掛かりが、日本書紀から考古学にシフトしたのを、
そのまま反映している。
しかし興味深いことに、その、日本書紀に取って替わったはずの
考古学の成果が、次第に日本書紀の信頼性を回復させて来た経緯がある。

一時期、学界に大きな影響を与えた「大化改新」否定論が、難波宮

(なにわのみや)跡の発掘や、同時期の地方行政の拡充を示す木簡
(もっかん)の出土など、考古学上の証拠によって、ハッキリと
否定されたことは、その良い例だ。
近年の日本書紀の復権は目覚ましい。
そうした傾向を促進する1つに、日本書紀の「読者」に注目する方
法論がある(遠藤慶太氏など)。日本書紀の“当初の”読者は誰か。
他でもない、書紀編纂(へんさん)に当たって、
資料の提出にも協力した、朝廷に結集する諸氏族に他ならない。
書紀には、諸氏族の神話・伝説上のルーツや歴史上の朝廷への
貢献なども、多く記されている。
それは、各氏族にとって、今現在の自分たちの権限や職掌、
待遇などにも直結する。諸氏族のステータスそれ自体に関わると言えるだろう。
だから、とても無関心ではいられない。
記述内容の正確さや妥当性を注視したに違いない。
そうした事情を考えると、書紀の記述は、天皇サイドの思惑だけによる、
勝手気ままで一方的な内容には、どうしてもなり得なかったはずだ。
書紀の「神代(かみよ)」(巻第1・2)の記事が、正文だけでなく、
「一書(あるふみ)にいわく…」として多くの異伝も載せているのは、
そうした背景も考慮に入れる必要があるのかも知れない。
いずれにしても、「読者」を想定することで、
その記述内容に大きな逸脱や歪曲などがあったとは考えにくい、
とする新しい捉え方は、書紀再評価への1つの説得力のある
視点だろう。【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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