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高森明勅
2021.3.9 06:00その他ニュース

「独擅場」と「独壇場」

随分、前から間違った言葉が普通に流通してしまっている
代表的な例の1つに、「独壇場(どくだんじょう)」がある。
正しくは「独擅場(どくせんじょう)」。

「擅(呉音=ゼン、漢音=セン)」は「“ほしいままにする” 
ひとりじめにする。
また、ひとりで自由に処理する」(『学研漢和大字典』)という意味だ。
独擅場は、改めて言う迄もなく「その人だけが思いのままにふるまう
ことができ、他人の追随を許さない場所・場面。ひとり舞台」
(『日本国語大辞典』14巻)という意味だ。

ところが、「『擅』を『壇』に誤り、『ひとり舞台』の意味にひかれて
『どくだんじょう(独壇場)』という語が生じた」(同)という。
最近では、更に「どくだんば」とか「どたんば」という間違った
訓(よ)み方も、出て来ているらしい(『明鏡国語辞典〔第2版〕』)。

ところで、そもそも「擅」を「壇」と間違えたのは、
“書き”間違えなのか。
それとも、“訓み”間違えなのか。
一般には、書き間違えによると説明されているようだ。
しかし、「『独擅場』を『どくだんじょう』と誤読し、
それで『独壇場』と書いた」(『岩波国語辞典』第8版)つまり
訓み間違えによる、という説明も見掛ける。

勿論(もちろん)、今となってはどちらとも決められないだろう。 
私の書斎にある国語辞書で最も古い、『大言海(だいげんかい)』
(日本初の近代的国語辞典とされる『言海』の増補改訂版)第3巻
(昭和9年)には「独擅場(どくせんぢャう、ドクセンジヨウ)」
だけを項目として取り上げている。

だが、その説明中に「俗ニ、誤リテ、どくだんぢャう(独壇場)
ナドト云(い)フ」とある。
当時、既に「どくだんぢャう(独壇場)」がかなり広がっていたことが分かる。
同増訂の事業が明治45年に開始された事実も考慮すると、
今からおよそ1世紀ほど前には、早くも「誤リテ」独“壇”場という
言葉が遣われていたと見てよいだろう(明治24年刊行の『言海』
〔ちくま学芸文庫にて復刊〕が今、手元にないのは残念だが)。

今や人前で「独セン場」などと言うと、
「いやいや、“独占”場じゃない。独ダン場ですよ」と注意されかねない。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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