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笹幸恵
2023.2.7 08:57皇統問題

倉山満『皇室論』のトンデモ言説を深掘りする【2】

倉山満『皇室論』。
明らかな事実誤認、支離滅裂、意味不明が多すぎる。
「えええ!? これはないでしょう」という珍説、
トンデモ論を展開している。
今回はその2回目。

倉山は皇位継承を語る際の大原則のひとつに
「先例に基づくべし」と掲げている。


「世襲である以上、伝統の世界です。
特に皇室というところは、自身のあり方を
『先例』に基づいて議論してきました。
『先例』の積み重ねが、伝統です。
(中略)
皇室における『先例に基づいて物事を考えるべし』は、
歴史の中で生まれた知恵です。
『先例』は『掟』と言い換えても良い言葉です。
皇室においては先例が掟です。
多数決であろうが絶対権力者の意向であろうが、
その時代だけの一時の意見で越えてはならない掟があり、
それが先例である、ということです。
問題は、どの先例が吉例なのかを、その時代ごとに
議論するのです。先例にはもちろん、吉例と悪例が
あるからです」

この部分で、一行だけ共感できる部分がある。

「その時代だけの一時の意見で越えてはならない掟がある」

天皇を戴く我が国の制度は、古代から連綿と続いてきた。
その時代だけの意見で軽々に変えてはならないことはある。
代表的なのが「君臣の別」だ。
また「天皇なんていてもいなくても同じじゃん」と
いうような無関心な層が多いからといって、
「じゃあ天皇制は廃止しよう」という話にはならない。
天皇の存在、あり方そのものが、
歴史の中で生まれた知恵だと私は思っている。

こういう本質的な部分こそ変えてはならないのであり、
あとは時代に合わせて新しく取り入れていけばいい。
それが長続きする秘訣。不易流行である。

にもかかわらず、倉山は変えてはならない掟イコール先例、とし、
「時代ごとに吉例か悪例かを議論する」と言う。
なんで話がそっちに行っちゃうの!?

軽々に変えてはならないことを「先例」などというから
おかしくなる。
そもそも古代には先例などなかったではないか。
一体いつの皇室の話だ?
仮に中世だとして、当時の価値基準を
そっくりそのまま現代に持ち込むことが適切か?
また吉例かどうかなんて、誰がどんな基準で判断するのか。
過去が吉であったからといって、現代もそうであるとは限らない。
昭和天皇はお田植えを新たにはじめられた。
上皇陛下はそれに加えて種まきもはじめられた。
先例にない。

倉山は、「世の中には『私の考える理想の皇室』というものを
勝手に描く人がいる」と批判しているが、
先例至上主義こそ「倉山の考える理想の皇室」。
描くのは勝手だが、まき散らすな。

挙げ句、一度も例外なく遵守された先例として、
「皇位の男系継承」を挙げている。

なななななんでだぁ!?

(つづく)
笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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